プロジェクトチームは往々にして正しい情報で間違った判断をすることを知った上でプログレスを検証しなければならない


プロジェクトが発足してチームを編成すると、プロジェクトマネージャはプロジェクト計画書を作り、次のようなコンテンツを書き始めます。

  • 契約
  • プロジェクトの目的
  • プロジェクトの目標
  • システム概要
  • 開発方針
  • 工程定義
  • 成果物定義
  • 適用技術
  • 品質計画
  • 管理標準
  • マイルストーン
  • マスタースケジュール
  • 工程検証計画
  • リソース調達
  • コスト計画

 etc


契約についてを話すのは組織の中の人まで、だろうけど。プロジェクトチームが外部組織との混成部隊ならパワーポイントなどに開示出来る範囲に焼き直してプロジェクトプロジェクトキックオフのスライドとして編成するコトが多いし、そうするように勧めている。


資料のつくりの話は終わりにして。プロジェクトマネージャは、メンバを集めてこのプロジェクトをどのような思いでキャリーし、メンバの協力を仰ぎ、ゴールに向かって進むのかを話し、メンバとプロジェクトマネージャが同じ方向に顔を向けてスタートしたいと伝えるのです。


小規模なプロジェクトならプロジェクトマネージャはメンバの顔が見えるから、プロジェクト計画として立てた実行プランが期待するとおりの結果につながっているかどうかを自分の目で見て評価できるのです。だから、期待とおりであれば更に軽い運用に出来るか改善を考えるだろうし、期待どおりの結果を得られていなければ計画したプロセスを見直さなければならないのでそういうアクションを取ります。


ところが、これが大規模なプロジェクトになるとプロジェクトマネージャは、策定したプロジェクト計画が思いどおりに運用されているのか直接検証する機会が大規模プロジェクトであるから故の間接的な管理業務に時間を割かれるために本来費やしたい時間を確保できず、中間のリーダに委ねるほかなくなるのですよね。


ところで、組織は階層が深くなれば深くなるほどトップの思いは減衰し、中間者の都合の良い解釈とスキル不足によりる誤解という処理を掛け合わせて実行部隊に伝わるのが定説であり様式美のようなことになりがちです。プロジェクトの場合はプロジェクトマネージャの思いが中間のリーダをとおすたびに減衰し、意図を汲み取られずにそうした中の一部だけがメンバに伝わるのですよね。


経験があり、そうしたプロジェクトマネージャの方針なり、意図が推察で読みとれるメンバがたまにはいて、そうしたメンバならプロジェクトマネージャの意思に同意することだってあるのですが、ま、あまりないですけど。


勿論、中間のリーダには優秀なエンジニアもいるので、そうしたエンジニアを確保できたプロジェクトは大概、計画したように辻褄が合う程度に成功するものです。なので、プロジェクトマネージャは、要員計画を立て、メンバをドナドナしてくるときには、プロジェクト体制のキーとなるポジションは絶対に譲歩してはいけないのですよね。


譲歩した途端に上位者に丸々負担が乗りかかり、結果的にプロジェクトマネージャが本来のプロジェクトマネジメントの時間を確保できずにリーダのタスクを代替してしまっているという状況に知らず知らず陥るか、リーダたちの虹彩が抜け落ちた視線に対して協力に感謝するという言葉を残して現実逃避をするほかなくなるのです。


ある意味プロジェクトチームの機能不全はプロジェクトの大小で起きたり起きなかったりするのかと言えば、大規模ではほぼ起きるだろうけれど、小規模のプロジェクトでもメンバが指示待ちなメンバばかりでは本質としては何もプロジェクトマネージャの意図を理解していないという点では同じなので起きる可能性はそう変わらないのかもしれません。


プロジェクトがプロジェクトマネージャの計画した範囲の上で期待する結果が出ていないとき、こうした状況がすでに起きている可能性が高いし、それがそうなのかどうかは現場で自分の目で確かめるほかないのですよね。


でも、それは本当に現場だけしかそうなっているかどうかを検証できないのでしょうか。


情況的には、プロジェクト計画にそって進められているのであれば、計画自体の運用は回っていると評価しても問題はないと思います。しかし、偶然にも間違った情報を元に結果的に正しい判断をすることより、組織運営されているチームは正しい情報を元に間違った判断をすることが多くなりがちです。それは、ただしい情報を収集することがルールとしてプロジェクト計画で決められているからです。しかし、先のプロジェクトマネージャの意図が中間僧のリーダが理解していないために誤った判断をしてしまったり、判断すること自体先延ばしにする行為自体が称揚され始めます。


事象としては、正しい情報を収集し、結論ありきで判断をしているようなケースが散見され始めたらかなりの重症に陥っている可能性があります。情報を収集し、仮説を立て、検証し、結論を得るのはオーソドックスなロジックでそれ自体に問題があるわけではなく、それを使う方の使い方に問題があるということであって、そうなっているのかいないのか、プロジェクトマネージャは要所要所で自ら立てたプロジェクト計画とその思いを目の前の事象と比較して違和感をとおして得るほかないのかもしれません。