なぜエンジニアが毎日ブログを書かないといけないのかそう思う理由

設計書とか報告書とか方式案とか、そういった文書を書くのって、書きやすいものと書きにくいと感じるものの2種類あると思うんですね。


1つは、基本設計書や詳細設計書のような、決まったフォームにインプットの情報を見繕って、記述ルールに沿ってそのフォームに求められている記述レベルで書くもの。もう、これは作業ですよね。うーん、方式や実装などのアイデアを出すところはあるかもしれないけれど、それ以外は作業ですね。


2つ目は、方式案とか企画書とかのアイデアっぽいのを文字と図表で表現するもの。これはフリーフォーマットが多いと思うんです。白紙。白紙のパワポとか真っ白のexcelとかに書き始めるもの。もう、自由ですね。自由に書いてください、って。


どっちが書きやすいか。たぶんに、窮屈だけど、ルールどおりにコンテンツを埋めればいい分だけ前者のほうが楽だと思います。一方、後者はコンテンツも作らないといけないし、文体や構成などの体裁も決めないといけない。構成や体裁を決めると言うことは、読み手に読みやすさを提供しなければならないということを求められているんですね。暗黙ですけど。


暗黙ですけど、それを気にしないで作ると速攻で見た目から突込みが入りますよ。レビューとかでね。つまりですね、


・見せたい、説明したいコンテンツに合わせた体裁を決める必要がある
・見せたい、説明したいコンテンツを創る


2つのうちの前者をどれだけ書く機会を作るかがポイントです。


「仕事で書くよ」っていうかもしれないですけどね、その機会は自分で作れないでしょう。それじゃ、文章を書くスキルも人任せでいったいいつになったら自分が「これだ!」と思う文章力を身につけられるかわからないです。


そんなの嫌じゃないですか。自分のスキルは自分で思うように伸ばしたい。そういう機会を創りたい。ワタシは少なくともそう思うんです。だから、毎日書くんです。文体を変えるのは気分によるところもありますが、何かに感化されることもある。別にいいんです。どうせ、やってみないと自分に合った書きっぷりなんてわかりやしないんですから。


だから、書く。


でも、毎日メモ帳に書いていても面白くないじゃないですか。反応がないですから。壁打ちにもならないです。


自分で構成をつくり、自分の頭の中にある言葉を紡いで表現すると言うことは、自分の頭の仲の思考を言語化するんですね。そこで起きることは、自分が思っているほど自分の中でいろいろな知識が実はきちんと理解していなかったと気づけることです。


そんなことない、と思うならそれは井の中の蛙かもしれませんよ。知識なんて如何に関連する形式知を繋げられるか、ですから。その上で、自分が知っている言葉でしか表現できないんです。ここがまた辛いところです。自分で読んで、知って、使った言葉しか使えないんです。


自分が学生のころより、1日に読む文字数はものすごく増えたと思います。だって、インターネットって、文字と映像の世界でしょう。そこに1日中スマホやPCの前にいたら嫌でも文字を読むことになる。でも、その言葉の意味は辞書を調べないと正しい意味はわからないし、書かないから覚えもしない。じゃあ、機会作ればいいんです。


それが、ブログなんですね。そういう目的で書きませんか。反応があっておもしろいですし。