プロジェクトのリスクを自分がすっきりするために使うのはどう思う
TLにこんなツイートが流れてきて
アジャイルサムライbot @agile_s_jp_bot
「プロジェクトのリスクについて早めに話し合うことの利点はこれだけじゃない。・プロジェクトの課題を早い段階で明らかにできる。・「いや、その理屈はおかしい」と表明するチャンスである。・単純に気持ちがすっきりする。」
https://twitter.com/agile_s_jp_bot/status/696086487352238080
ううん、「これアジャイルだからこそってわけじゃないよなぁ」と。どっちかいというと、「計画駆動型のプロジェクトの方が気にしていないといけないことだよなぁ」と思ったわけですが。
で、リスクについて早めに話し合うことは「利点」ではないのです。もう、必ずやらないといけないことだと思っています。ワタシがレビューするプロジェクトでプロジェクトのリスクについてノーケアだったら「出直しておいで」ですよ。
プロジェクトは事業としての生業ですから、必ず契約行為が発生します。契約が行われるということは、プロジェクトのコストを見積もっているということです。その契約が請負契約か準委任契約であったとしても必ず見積もり行為があるのです。
その見積もり行為を行う際に、こんな風にやろう、以前の似たシステム開発をベースに見積もりしよう、などと見積もりで前提をおくものです。
その見積もりでの前提がそのまま実際に起きれば見積もりどおりにことが運んで見積もったコストで出来るでしょうが、もし、見積もりした前提と違うことが起きたら見積もったコストととは違う成り行きになることは容易に想定できます。
この、「もし」を考えることが「リスク」であり、「リスクの識別」に当たります。この「リスクの識別」からプロジェクトにどのようなインパクトを受けるかを金額で表し、発生確率で求めたものがエクスボージャです。
冒頭の「その理屈はおかしい」は多分、プロジェクトのシナリオなのだろうと思うのです。今見積もっているプロジェクトの進め方は、その見積しようでは「おかしい」と。もしくは、「プロジェクトの計画のシナリオはそれではうまくいかない」と。
でもですね。後者なら取れる手段は限られます。だって、間違っている、おかしいシナリオで積み上げられているんですから。それを言うなら見積時点ですよね。
さらに「単純に気持ちがすっきりする」だけではストレス解消でしかなくて、プロジェクトのメンバなら責任を果たしているとは言えないし、貢献しているとも言えない。だって、問題だとするならその解決の1つになっていないといけないんですから。
プロジェクトのリスクに早めとは、見積段階が正解だし、見積のシナリオに課題があるなら見積時に解消できるものは解消するんです。あと、自分のストレスに対することなんて仕事には必要ないですよ。
リスクをそんなことに使っちゃいけないんです。