先輩、仕事のデッドラインってどうやって見極めるんですか

「ねぇ、あなたのタスク、そろそろレビューする頃でしょう。明日なら朝会の後だと都合がいいのだけれど。明後日ならわたしのスケジュールに入れておいてね」
「目処がついたので朝会の後がいいです。午前中のほうがコメントもよく出ますし」
「ではそれでお願いしようかしら」
「しかし先輩はこちらが逃げようのないタイミング…じゃない、終わる頃を見計らって身柄…じゃない、スケジュールを押さえにきますね」
「褒められているのかしら、それとも」
「滅相もないです。ええ、褒めているんです。見習いたいんです」

「わたしの何を見習いたいの」
「えぇもう全てを…じゃない、納期を守るところ、みたいな」
「なんだか漠然としているわね。もう少し具体的に言ってくださらないと」
「フェーズの期日とかレビューの日程とかビシッと合わせるというか、そのちょっと前に終わるようなスケジュールを組んで、実際に終わらせますよね」
「そうかしら、あまり気にしていないのだけれど」
「どーして出来るようになったんですか」
「みなさん、自分のスケジュール管理なんてできるでしょう。特段、聞かれるような話でもないと思うのだけれど」
「いやー、そうでもないんですよねー」
「本当ならあまり口に出せるようなことではないと思うのだけれど」
「庶民SEですから」
「なんですの、その庶民SEって」
「先輩は知らなくていいです」

「気になる言い方するのね」
「褒めていただいて光栄です」
「褒めていないわよ。それはそれとして、なにが知りたいのだったかしら」
「納期の話です」
「そうだったわね。ところでどうしてあなたも納期を守れない方の立場でいうの」
「わたし自身は納期を守りたいと思っていても、なかなか手をつけられないというか手をつけてから考え込んでしまって日にちが経ってしまうというか」
「大変なのね」
「だから教えてください、って言っているんです。そうだなぁ、何かトラウマになったこととかあったりするんじゃないですか。それを教えてください」

「事例を聞いたままだとあまり身につかないわよ」
「そんなことは言わないでくださいよ」
「聞いたらモデルを作って説明してくれるならお話ししてもいいかしら」
「なんで経験談を聞いた後にパタン説明することになるんですか」
「経験談なんて何の役にも立たないわ。そこから自分にとってグッドプラクティスとバットプラクティスを作らないと」
「わかりましたー。聞かせてくださいよ、もう。説明しますから」
「無理強いはしないわよ」
「もう、先輩のターンおしまいです。さあさあ始めてください」

「そうね、わたし自身の行動基準を変えた出来事があったの。多分、プロジェクトマネージャになって2つ目のプロジェクトだったんじゃないかしら。ええ、そうだわ。遠距離のお客さまでね。パッケージのバグが負荷テストで発現したり、すぐにパッチが出なくて大変だったわね」
「お、トラブルですか」
「そうねぇ、その出来事って負荷テストでのトラブルじゃないのよ。その少し前のこと」
「違うんですか。でも負荷テストのトラブルより印象が残っているのだからさぞかしプレッシャーになったんですよね」
「とても小さな出来事なのよ」
「えぇ、期待していたのに」

「だんだん趣旨が変わっていきそうだけれど大丈夫かしら」
「先輩が話を始めないからですよ。どうぞどうぞ」
「…いいわ。わたしはまだ駆け出しのプロジェクトマネージャで、10人くらいのメンバのチームでやっていたのね。その内の一人が凄腕のアーキテクトとして参画していただいていていたんだけれど」
「誰ですかその凄腕アーキテクトって」
「知っているかしら…ほら、大きなプロジェクトあるでしょう、その」
「ちょっとわかりませんね。それで」
「プロジェクトマネージャってプロジェクトにとっての最適化をしてしまうのよ。簡単に言うと出来る人に仕事を集中させるのね」
「なんとなくわかります」
「そのプロジェクトで初めて学習したのだけれどわたしもプロジェクト最適化をしてしまったの」
「何か良くないことが起きたんですね」

「そう、設計まではなんとかしのげていたのが、開発に入ってから遅延し始めたの」
「プロジェクト最適化が原因なんですか」
「そうなの。負荷がね、集中してしまって」
「それはしんどいですね」
「自分で頑張れるところではなかったし、他のメンバに今からそれをキャッチアップしてカバーするにはギリギリだったの」
「そのときも朝会は…していたんですね。だったら遅延は可視化されていたんですよね」
「そう。でも、遅延に対する策を打つのが遅れたの」
「どうしてですか」

「根拠のないのに間に合わせてくれるだろうという願望とやってくれないと困るというメンツかしら」
「へえー、今の先輩を知っていると全然違う人みたいですねー」
「だからわたしの行動基準を変えた出来事と言ったでしょう」
「その遅延はどうなったんですか」
「一部は結合テストまで引っ張って、結合試験後半に合流というみっともないやり方をしたわ。もちろん、お客さまには了承をいただいたけれど」
「遅延の原因はわかっていたのですか」
「わかっていたのに見ようと、認識して必要な行動を取らなかったことね」
「ちょっと抽象的ですね」

「自分の中でハンドリングできるスケジュール感があるものなの。それをつまらないメンツなどでギリギリまで待ってしまったことが間違いだったのね」
「デッドラインでしたっけ、それを見誤ったのですか」
「そういうことになるわね」
「それで今のスケジュールになっているんですね」
「では、わたしの経験談はお終い。それでは気づきを聞かせていただこうからしら」
「あっ、この後ミーティングでしたよね。さぁ、急いで支度しましょう。会議室が別にとってありますから。お先に行っていまーす」
「ちょっと待ちなさいっ」