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「…仕事はどこでやっても良い」でとばっちりを受けるのは誰か

一部の界隈でちょびっとだけ盛り上がっている気がするので少しだけ。

blog.tinect.jp

 

「…仕事はどこでやっても良い」は新しいか

システム開発では、チームでやろう、チームを壊すな、などチーム運営に苦心をしているケースが多いようです。実際、特にチームの立ち上がりの時期はメンバの招集から意思伝達がメンバ間で成立するまで重要な時期なので接触時間はある程度確保したいところです。

一方、リモートワークのように個人の事情により自宅などからの遠隔参加というケースが多様な働き方を求める社会的ニーズと一致して少しずつ増加しているところです。ただこうした距離を軸とした働き方の形態は、オフショア、ニアショアを思い出せば単純な話、働く人数の数の捉え方と見ることができます。

つまり、世間のやって来たことを振り返れば通って来た道にすぎません。

「…仕事はどこでやっても良い」でコミュニケーションが変わるか

最初に出てくることが、距離感でハンデとなる直接会話できないことによる意思伝達のズレを感じるかどうか、でしょうか。

Web会議などのツールの特性を把握した上での意思を伝えることができれば、それはそれでズレを感じないかもしれません。ただ、直接の会話が苦手の人がいるようにツールを介しての意思伝達に違和感を感じる人がいても不思議ではありません。

「…仕事はどこでやっても良い」で評価のファクターが変わるか

別に、一緒に働いているからと言って、仕事を評価するマネージャがべったり見て回っているなんてケースの方が少ないでしょう。もともとマネージャとメンバとの間で業務上の振る舞いについては可視化されていない割合の方が多いのです。

組織によっては、マネージャと会話するのは目標設定時と評価時だけ、あとは飲み会も行かなければ双方向での会話をする機会がないかもしれません。

現状、それで目標設定と評価が回っているとするならば、なんら変わらないということになります。

では何が変わるのか。

「…仕事はどこでやっても良い」で評価が変わるか

じゃあ、本当に成果だけが見られるようになるのか…。

マネージャの全員が全員、成果だけでメンバの評価を成果だけで評価するようになるかといえば、マネージャ側が今までどのような評価をして来たかに左右される、と思います。

なぜなら、そう簡単に評価手法を身につけることができないからです。変わるとすれば、組織の中での評価制度がガラッと変わることを意思決定して、それが指定されるとき、です。

とはいえ、評価項目が全て定量的に評価できる項目を設定はできませんがら定性的な項目が残る以上、曖昧さが評価者側に残ります。

そうすると貢献についての定義の幅が出ることになり、成果成果とそれだけが一人歩きして評価軸とならないでしょう。

 

今までも成果で評価していたマネージャはリモートワークになろうがどこでメンバが働こうが変わらずに評価をし続けるのです。

今まで、感覚で評価していたマネージャは情報を得る手段、つまり、直接接触することで得ていた情報源を失うことになり、リモートワークになったメンバに対して評価情報を失うことになるだけなのです。

これは評価者と被評価者が同一の場所で働くことで評価作業を集約化できていたことがリモートワークになることで新しい評価の仕組みを再構築しなければならなくなった、と見ることができます。