今どき「修羅場を経験してこい」なんて言われても何も得るものがない

SESはエンジニアとして成長しないとか、エンジニアとして成長するために勉強をするとか、様々な手段でエンジニアの不安を煽るエントリがある。

このブログでもネタ的には同じようにカテゴライズされそうなテーマを扱うこともあるが、マネージャの立場と年齢的に自分が経験したことを事例としてフィードバックすることで、これから多くのことを経験するエンジニアに同じ経験、轍は踏まないでいいよ、と言う意味がある。

若手のエンジニアの方達には余計なお世話かもしれないが。

それでも経験を書くのは、声の大きい一部のマネージャやシニア層のエンジニアの

「俺たちが修羅場を潜ってきたから今があるんだ。同じ修羅場を潜ってこい」

的な苦労の押し付けと言うか、俺の痛みを知れ的なやり方が精神論だけでなんのメリットも得られないからだ。

こうした、『同じ経験を』的なことを言う場合、『自分と同じ』と言うところがミソだ。同じ経験をすることで初めて仲間意識を持てるという、精神年齢が小学生レベルでしかない。

第一、修羅場を経験しないと仕事できないのなら、修羅場を実践できることがエンジニアのコンピテンシになっていなければならないはずだ。でも、ITSSでもPMBOKでもアジャイル開発でも研修の講座でも修羅場がテーマとして取り扱われることはない。

つまり、経験しなくて良いことなのだ。

だってそうだろう、必要なら研修の講座になっていなければおかしい。

見方を変えれば、修羅場を経験したエンジニア、元エンジニアはプロジェクトや技術やその他のプロジェクトでシステム開発を上手に進める手段や技術やスキルを持ち合わせていなかった、ということだけの話だ。

 

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