エンジニアとおみくじと知命

50歳は『知命を知る』お年頃である。孔子が晩年にそう振り返ったらしい。さて、自分の天から与えられた使命はなんであろうか。自分の専門はプロジェクトマネジメントであると据えているのは自称でしかない。天から告知があったわけではない。エンジニアの育成もマネジメント業に至っては、組織のアサイメントで偶々そのお鉢が回ってきただけである。

自分の知命はまだわからない。

先日、某神社でおみくじを引いた。ここ1年、その神社に立ち寄る機会が増え、その度におみくじを引くようになった。そして毎回、大吉だった。ところが、である。今回は末吉だった。おみくじが良くできていると思うのは、いくつかの思いつきのような思いに対する示唆が含まれているということだ。

新しい組織、例えば、スタートアップ、スタートアップから組織の成熟度をあげたいニーズを持っている企業からオファーがあれば移ることを考えたい、と思っている。ただ、求人サイトの有料会員になってまで、というわけでもない。こういった転職関係は口コミの方が良いと思っている。

さて、その末吉である。『何事も激しい変化は、将来のためにならず』とある。自分にとっての激しさと言えば組織を移るということになるだろう。確かに、今の担当する顧客へのインパクトは大きい。自分を買いかぶっているわけではないが、事業企画と実行のとっかかりの所謂、0から1を作るところをやっている。ここがなくなると、1から展開するところが行き詰まってしまう。

自分の事業ではないので別に誰かが代替すればいいのであるし、そこに責任は持ち合わせていない。

であれば、おみくじなんぞ気にせずに色よいオファーがあれば移るのも一手である。そこにふと、自分の知命はなんであるかが気になり始めた。確かに、今は気分的にイケイケでないという少し弱含みがないわけではないが、やけっぱちや考慮不足、勉強不足でで組織を渡り歩くことのリスクを引き受けるほど受容できるとも思えない。

ということは、今は(この瞬間は)インプット、チャージする時間なんだろう。確かに、インプットが足らないのである。そうしないと薄っぺらいままで歳を重ねてしまう。インプットしながらもう少し世の中を眺めてみよう。

 

折込み済 おみくじ (100枚) 凶なし 641

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