実現できるかわからない計画を死守するためにPDCAを頑張るのは何か間違っている
ちょうど、とあるプロジェクトをやっている。全体で見れば年末くらいで一段落つけたいので、そこそこの半年以上のレンジである。
プロジェクトは全社に導入してた業務をある意味リニューアルするもので、仕組みづくりのし直しといった方がイメージはあっているかもしれない。
これはメジャーなマイルストーンを完了させるタイミングで協力をしてくれた関係者に述べるものなのだろうが、なんとなく先にここで書き残しておく方が良いのではないかと思い立ったのでそうする。
あれだ、フラグを自分で立てるようなものだ。
一番関心をしたのは、協力を依頼した全ての方々がとても好意的にいやむしろ積極的に対応してくれたことに関心している。
持ち戻ってどう思っているかはわからないし、依頼していること自体はやらなければならないことは頭でわかっているが、とても手間で面倒な上に業務に差し込む形になるので負担を求める。
であるから、仕事を頼む方としては変にへり下りそうになってしまう。
『忙しいところにこんなことをお願いしてすみません』的な心持ちな変なダークサイドに落ちてしまいそうになる。
そうならないように、依頼することをやり遂げる価値、意味を説明し、メリットをアピールしつつ、対面ではリニューアルした業務の利点、ポイント、理解、価値を単位ごとの組織にインストールしていく。
今思えばこれは教育のキャンペーンだったなと気づく。
このキャンペーンでの説明では何回もしくじり、試行錯誤したことがある。
それは、説明の仕方、である。
実際、50回くらい場を設けて行ったがイメージした通りに進められたは10回程度しかないし、全体の進行としても上手くできたと感じられたのは数回もない。
一見、上手く説明したと思えても、それは参加者のフォローによるところが大きい。
ここまでやってきて、一つの気づきは、PDCAはダメだなということだ。
Pが大きすぎる。
いや、硬直化するのである。
それを死守しようとして過大な負担になる。
それはおかしい。
やりたいことはGOALの達成であり、Pを維持することではない。
実際、このプロジェクトでのGOALは変わっていない。
でも中でのメインアクティビティのアプローチは試行錯誤している。
なぜか。
GOALを達成したいからである。
ではどうやって。
今思えば、OODAループを使っていたのである。
観察→情勢判断→仮説→検証
のループを回していた。
50回。
たかだか教育で、である。
でも、GOALに立ち向かいうならOODAである。
虚構の実現できるかわからない計画というPを死守するためにPDCAを頑張るのは違う。
アメリカ海軍に学ぶ「最強のチーム」のつくり方: 一人ひとりの能力を100%高めるマネジメント術 (知的生きかた文庫)
- 作者: マイケルアブラショフ,Michael Abrashoff,吉越浩一郎
- 出版社/メーカー: 三笠書房
- 発売日: 2015/05/22
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (1件) を見る