アナタは組織にリソースを消費し続けられるエンジニアか、それともリソースを消費するエンジニアか
ふと、思ったんですよ。毎日、言われたままの仕事をして、適当なところまでの役職でやっていたらどうだろうって。それは、一人のエンジニアとして組織とどう向き合っているのだろうかって。
労働者は、自分のリソース、技能と時間を会社に売って対価を得る。そういった関係は一つしかないのだろうかって。いや、その逆の関係もあるのではないか...。そう思ったんです。
リソースを消費されつづけるエンジニア
多分、この話はブラックとかホワイトそういった状況は関係ないだろう。その前提で考えると、一人のエンジニアとして持つリソースを消費するってどういう状況ではないだろうかねぇって。
そう、言われたままで仕事をしているエンジニアはそれにカテゴライズされるだろう。迎合するのも同じだ。主体性を持たず、言われた仕事をそのときに必要な時間を見繕って、そういった姿勢で仕事をするエンジニアがそれに当たるのかもしれない。
そこには、成果物を作るだけにエンジニアの時間が必要なのであって、エンジニアの技能が特別に必要なのではない。
エンジニアは自分のリソースに対して何ら価値を見出さず、磨きもせず、組織の言い値で売っているのと同じなのであるから、その技能を持ち合わせた人が他に多くいるのであれば、技術にはさほど価値がないのだからそこには買い手である組織の価値観に基づいて対価が支払われるでしかない。
組織のリソースを消費するエンジニア
天下りとか、仕事をしないけど高い給与を貰っているおじさんとか、そういったのではなくて。“リソースを消費されつづけるエンジニア”に対極にいるエンジニアをイメージしてみる。
リソースを消費されつづけるエンジニアが言われたから言われたとおり仕事をするようなエンジニア像と反対で文句ばかり言うとようなエンジニアいうことではない。“組織のリソースを消費するエンジニア”は、自分のリソースの持つ価値と可能性を知っていて、人を巻き込んで組織をドライブするような力を持つエンジニア。そう言えば、とても凄いエンジニアを想像するかもしれないけれど、それほど凄くなくてもこちら側のエンジニアも居るのではないかなって。
エンジニア自身が自分のリソースを高く売ることの意味を知っている、自分のリソースの可能性がどこにあるかを知っている、人の巻き込み方を知っている、そして、組織のリソースを自分のやりたいことや組織のやりたいことのためにどうやって引っ張ればいいかを知っている。エンジニアの価値の見出し方を知っていて、且つ、その実現においても試みることを躊躇わない行動力を持つ、そういったエンジニアが“組織のリソースを消費するエンジニア”と呼べるのではないか。
そういったシーンの中心にいるエンジニアなら、組織のリソースを消費しているっていえないだろうか。組織のリソースを消費することで、エンジニア本人も組織にも新しい価値を見出す。何か自分の好奇心を擽り続け、アウトプットし続けなければ、会社に自分のリソースを消費されるだけで終ってしまう。
自分と自分以外の組織のリソースを消費し、価値を生むエンジニアの方においで。ワクワクするよ。大変だけど。