プロジェクトリスクは気が付かないふりをしたときにやってくる


プロジェクトがプロジェクトであるのは一つひとつのプロジェクトの条件が違うから、プロジェクトをはじめる前の見積もりなら前提を実際のプロジェクトの遂行なら計画を物事を、はじめる際にこれから振る舞う行動に付きまとうリスクをどのように扱うかを決めておくものです。


それは行動をとる前に今目の前にあるリスクを識別して、どう扱うかを決めておきなさいと言うことであって、実際に起きてしまったらそのリスクは程度によって単なる課題管理かそれともエクスボージャが大きくて問題管理の何れかで対処するだけになるだけです。


そうは言ってもリスクは起きれば面倒だしどうすればいいのかって言いたくなりますよね。答えは一つだと思っています。シンプルに思考すれば良いのです。


リスクは悪いものばかりじゃない
プロジェクトのリスクは、理屈上は悪いリスクばかりではありません。プロジェクトにとってその懸念することが起きれば良いことだってリスクの内です。例えば、輸出を想定している場合、自国の通貨安に振れればそれは実入りが増えるので良いリスクとしてカウントできます。プロジェクトメンバの成長が想定以上でプロジェクトのdeliverableの品質に対するアクテビティの結果が良ければそうでないときにあてるつもりだった関連する作業の固定コストが減少します。



リスクは起きると思うと起きる?
でも、やっぱり多くのリスクはそれが起きれば面倒な対処が必要なことがほとんどでしょう。そのあまり起きて欲しくないリスクをどう識別すればよいか。これまで観てきたプロジェクトで起きて欲しくないリスクばかりがリスクとして発現している状況を見ていると起きるべくして起きているというか、「リスクが起きるように行動しているんじゃないの。」って聞きたくなるようなことが実は多いのです。


なぜ起きたら嫌だなと思うリスクばかりが起きるのか
プロジェクトで見積もりの前提を考えたり、プロジェクトを実行するための計画を立てたりするとき、プロジェクトを頭の中でイメージして考えるものです。で、見積もる仕様や計画する作業を形のないものから形作るときの過程でどうしてもモヤモヤした解消できないコトや自分でやるには面倒なコトが少しずつ見えてくるとき、「あぁ、嫌だな。」と自分の内面で思うものです。その「あぁ、嫌だな。」と気付いてしまったことの対処が割と面倒なことが多くて気後れしてしまうのです。


人は怠けものですから、出来れば余計なことを気づきもしたくないし、気づいても先送りできるものならしたいものです。実際にどうなるかわかりもしない将来の負債の支払いは“今の自分がしなくて良いならしたくない”という行動規範に沿って為されないのです。


人の直感は、それまでの経験によって涵養されるもので、そう言った気づきは割と当たるものです。どちらかと言うと、その人がこれから行動する結果の集まりの先にそのリスクである起きたら嫌なことがプロットされているだけの話で、今までの経験に基づいて行動すればそのリスクが自然とシナリオに組み上げられてしまっていると言った方が良いかもしれません。


リスクが起きた前提でシナリオを組む
今まで経験してきた行動のプラクティスが将来のリスクを呼ぶのであれば、そのリスクが起きてからコトを構えるのではなくてそのリスクが起きるものだとして予めシナリオを組み立てる方がケースごとに考える必要がないのでシンプルです。


リスクが発生したとしてそのリスクに対する対処のコストはコンテンジェンシーですが、はなからそれが起きる前提なら固定コストだし、はなからやるとする前提故、そのリスクへの対処は早い段階で手を付けるためにプロジェクト側の都合でシナリオを組める分先手になるので対処にかかる総コストはリスクが起きてからより見通しが良い分、小さくなるのです。


人は怠けもの故、最初から識別されて組みこまれたことに対してはそれをするのが当然になり、その当然をいかに手数を掛けずに達するかと思考を刷り込みやすくなります。それは、人は目の前に初めからあればそういうものだと受け入れ易いし、後から出されれば反発したくなるものです。結局、リスクはそのリスクを識別するその人の自己の内面の問題から増幅されるのであって、見通しがつくように必要なコストを先に払うように振る舞えば良いのではないかと思います。