妄想ばかりで人生を踏みとどまるより、楽しい選択で自分の背中を押そう


80%以上の人は何も生まない
いろいろやってみたいことはあるけれど、自分は一人なので時間の制約はあるし、それをやるにしてもイニシャルコストが掛かったり、手続きが面倒だったりするので、やってみたいと思うことがあってもただやってみたいと妄想するだけだったり、そもそも何かやろうと一歩を踏み出す人はとても少ないんじゃないか、って思うんですね。だって、その一歩を踏み出す自己啓発が相も変わらず世の中にはびこっているもの。


それは、そもそも多くの人は自分を変えようとか何か新しいことに挑戦しようとか、自分で自分の選択肢を作ったり、増やしたりすることさえせずに、自分の前に偶然ある視界に入った選択肢を拾っているだけなんじゃないのかな、って。


「いや、そんなことないよ。だって、自己啓発したいからその手の情報が売れているんだろう?」って言われれば、何かしたいまでは、思うんだろう。で、手ごろな価格の本や雑誌を手に取って、買ってその気になって、それで満足したのか、自分の身に当てた姿を想像して諦めたのか。


何かに手を出して、何かを考えるだけでも進んでいるんだからいいじゃないか、っていうかもしれないけれど、でも、それって、自分を企画していたり、準備しているだけのプリヒートしているだけなんじゃないのかなって思うんですね。きょろきょろして情報を探し始めただけで、まだ自分自身をそれをやろうと駆動してない、そんな状態なんですよ。


そこには自分を未来の姿に進めようとする挑戦はまだ何一つないんです。


正解かどうかはやった自分だけしか評価できない
挑戦しないから、何も自分で得ることはできないんです。挑戦する、何か実際に動いてみるから、小さなことでも自分の実体験として得られることができるんです。


やる前から、どれが正解なのかなんて気にする人も居るけれど、それって、気にするだけ無駄ですから。だって何も進まないことは誰の眼にも明らかなのに、漠然と妄想しているだけなんですから。その時間はまさに浪費であって、そんな浪費をするなら艦これしていた方がぜんぜんましです。


妄想するより、躊躇するより、小さなことでも自分に対してきっかけを作った方が良いんです。


準備ばかりするひとは、とても周りの目を気にする人が多いですが、それって、単なる自信過剰でしないですよ。恥ずかしいだとか、上手く行かなかったらみっともないだとか思っているのは“自分”だけであって、周りなんてそれこそ自分だけしか興味ないんですからわたし自身のことなんて誰も気にかけてはいやしません。はい、きっぱりと言いました。誰もあなたのことなんて気にしていないんです。あなたのやることなすことが自分に影響しそうなエリアに入ってきたら、初めて認識するんです。


だから、さっさと悩むより、人の目を気に掛けるより、こっそりででもやった方が良いんです。で、自分にとって刺激や関心があったのかどうかを評価するんです。


正解を探すのではなく、楽しそうなことを選ぶ
やる前から、「どれを選んでやるのが“自分”にとって正解か。」なんて尋ねる人が居ますけれどね、バカですか。やってみないとやった本人がどういうものだったのかどう感じたのかわからないのだし、やった本人の主観でしか評価なんてつけられやしないんですから。


だから、正解かどうかを探すのではなくて、自分の関心を引く方とか面白そうな方を選ぶんです。それは自分にとって楽しい方を選ぶということ。実際やってみて楽しければ良かったね、だし、もしそれほど期待どおりではなかったとしても、やってみて初めて分かったんだから、「よかったじゃん。」ってことです。知らないより断然いいですもん。


楽しいかは、何が楽しいのではなく、誰と楽しいか
純粋に自分自身の関心や興味や楽しさを満たすモノコトが挑戦する対象かもしれないですけれど、それよりもっと楽しむためにはやっぱり“誰と”楽しいか、なんだと思うんです。


なんでもやってみた分は、誰かに観てほしいし、誰かに褒めてほしいものですから。承認要求、ですね。そう考えると楽しそうで選ぶ挑戦することは、誰と、の要素が入ってくるとより加速されるんじゃないかと思うんですね。だから、いまだに次から次とsnsがでてくるわけで。


何か楽しいく感じられること選択して自分の背中を押し続けていきたいものです。