観察をしないエンジニアは成長しないと思うのだれけれど「そこんとこどう思う?」と訊きたい相手は観察をしている様子がないので意味がなさそうなんだよな


観察の意味を改めて引いてみよう。こう、ブログを書くとき「あれ、この言葉の意味ってなんだっけ。あやふやだ。」と思ったらすぐにタブを開いて辞書を引けるのはすごく良い。何が良いかって、調べたい言葉の意味を引く所作の手間が少ないと感じることなんだ。手間が少なく感じるということは、調べたいと思ったときに本当に調べるかそれとも面倒だからいいや、って心の中でハードルを作って結局調べない、のどっちを選ぶかに繋がるのね。


それ、この場合は辞書を引かないことに依る、次に起きることが最悪として発現したとき、それを受けれられるかどうか、っていうリスクのコントロールリトマス試験紙になっているのであって、まぁ、大げさだけど結果的に引く、引かないは信念に近い所の側で無意識に判断しているんだと思うんです。


で、PCのブラウザだと両手も使えてタブをクリックすればいいだけなのでサクサクと辞書を引きます。

かん‐さつ〔クワン‐〕【観察】 [名](スル)
1 物事の状態や変化を客観的に注意深く見ること。「動物の生態を―する」「―力」
2 《「かんざつ」とも》仏語。智慧によって対象を正しく見極めること。


1番目の意味をあてにして辞書を引いたんだけれど、“状態”を見るということは、あるがままを主観を排して捉えないといけないわけで、だから客観的に見る、に繋がるのだと思うのです。“変化”についても、一時点を見るだけでは単なるスナップショットでしかない。変化は時間の経過が伴うもので、定点観測するということを知らなければ変化は知ることが出来ないですよね。


何度かブログで「通勤する時に観察をしよう。」と書いたんだけど、日常の生活の中で事実を事実として客観的に捉える訓練や定点観測をすることでの変化を知るという訓練は観測物が入れ代わり立ち代わり選べる通勤が一番お手軽だと思うのです。家から出たら観察が始まるし、駅までの途中での風景や電車の車両の汚れ、いつも同じところに座る人、仕事場ので環境など、普段何も感じないものも“観察”の対象とすることが自分の関心を持つことさえすれば続けることは容易いのです。


ジロジロと見るのは気が引けるなら、部屋の反日蔭にそれに適した観葉植物やエアープランツやサボテンや多肉植物などでもいいんです。ただ、葉物は観察以上に状態維持をするためにもう一歩観察をして変化により次工程までやらないといけないので、そう言った意味では対象物によっては難易度があるかもしれないです。


ただ、植物の状態を維持するために部屋にいる日中はレース越しに陽を当てたりと、自然と自分の生活リズムを昼間の生活に強制することにもなるので、メンタルに不安を持つ人は植物を育て変化を知るということは良いのではないか、と素人がてらに思ったりもするのです。


「そこんとこどう思う?」
そう尋ねたいエンジニアの傾向は、とてもまじめなエンジニアであることが多いですね。不思議と。食って掛かってきたり、意見を言うエンジニアはそれなりに観ているような気がする。素直に言われたことをやっているエンジニアには受け入れる許容性が強い分、自分の意見を出すことは少ないとうかイベント駆動されなければ出てこない、という印象があるんですよ。


そして、「どう思う?」と訊かれて初めて考える、ようにも見える。


普段からひと言多いエンジニアは、観察をしているから、変化を知っているから、その多い一言がすぐに言えるのであって、言わないのではなく、言えないということは観察という行為に何ら必要性を感じているのではないか、とも思えてならないのです。


ふりかえりをするにしても、朝会をするにしても、目的の一つには変化を知るためと言うことも含まれているのであって、それに気付いていないのであれば、そのふりかえりさえ、表面的なものでしかなくなってしまうのではないか、と少し不安に思ってしまうんです。目的を知らずして行動を伴っても、目的とするものは得られません。得られてもそれ偶然であって、次にそれを得られることは天任せでしかないんですよ。


エンジニアは、天に運を任せるようなことがあってはならないんです。それはギャンブルだし、顧客のバジェットでやることではないんです。期待どおりの結果が得られるようにコストを費やして振る舞うしかないんです。


デバックをするにしても、レビューをするにしても、ログを解析するにしても。主観を抜きに、客観的に、そして状態の変化するものはそれをトレースする。その意識を持っているかどうか、それで手に入れるものは偶然と言ういい加減なものから、得たいものを得るために行動するということにそれこそ、自分を変化させられる、そう思うんですけど、そう思って、気づいて欲しいエンジニアにはそれは届かないことが多いのはまた理のように目の前に横たわるんですよねぇ。