どんなに予算があってもベースラインのないプロジェクトは終わらない

久しぶりにプロジェクトマネジメントの関連書籍を読み終わったのでその感想を。


読み終わった本が↓で出版が日科技連だと知ったのは本を手に取ってから。本の定価を書籍のサイズと重さで考えるととても高いけれど、amazonで買おうとしたときは新品は無くてマーケットプレースで中古本を。送料込みで1000円以下で手に入れられたのでよかったかも。多分、新品があればそっちを買おうと思ったかも。経年相応の日焼けだけだったのでコスパ高かったかと。



最初、読み始めて「論文だ!」と叫びはしなかったけれど、そう思った。で、パラパラと最後までめくると途中には引用の印が所狭しと記してあるし、最後のページから前に向かって日英合わせて注や参考文献が79ページも記載されている。79ページもあると知ったのは、読み終わって「解説」を読み終わったあとだけど。


正直、理屈を読むのが面倒に感じる人にはこの本は最初の10ページを読むのが苦痛に感じるのではないか、とさえ思えるのは先行研究をいくつも並べて、この本で実はそうじゃないんだよ、ってロンパするために第1章で先行研究を並べて解説しているから。まぁ、先行研究を並べ、この本で仮説を置いて、検証して新しい考えを導くことがこの本での研究の目的だろうから、そんなものです、程度ですが。なので、はじめの第1章を如何に乗り越えるかが一つの山ですね。


この本の研究目的は、「複雑な組織における意思決定の事例研究により、これらの問題を検討することである。」とある。トーラス開発の事例を基に証券取引所でおこったさまざま意思決定エスカレーションを研究するのだと。


ワタシがこの本に興味を示したのは、この「意思決定エスカレーション」と一つひとつの意思決定は正しく合理的であるのになぜ間違った、いや、期待しない結果を生じるのか、人の意思決定の誤るポイントを知りたいと思ったから。


プロジェクトが迷走する題材のプロジェクトは、英国の証券取引所の株式決済コンピュータ・システム「トーラス」のシステム開発です。現行システムは「タリスマン」。


トーラス開発費年表

1986年5月 開発工期3年間に600万ポンド、シティの1700業務の廃止、取引コスト70%の削減を見込む、と。1ポンド=170円くらいだから、1,020,000,000円と。
10億円かー。意外と安いのでは。
1989年8月 ジョン・ワトソンをプロジェクト本部長に任命。
1990年3月 発表された事業計画では、開発費4500万ポンド〜5000万ポンドで公約される。シティは節減額は向こう3年間で2億5千万ポンドを見込む……。
で、円ポンドで換算すると、7,650,000,000円ですと。構想時点から7倍だ。
1991年1月 「トーラス」の完成期日が1991年10月から1992年前半に延期される。
1991年5月 新しい完成期日として1992年5月が「予定」される。ジョン・ワトソンが「構築は95%完成」表明。
1991年10月 新たな稼働期日として1993年5月を発表。開発費は8000万〜9000万ポンドの試算。
1992年6月 顔初日が4700万ポンドに達し、更に2500万ポンド投入すると発表。
1992年9月 証券取引所議長が『大きな遅延」ではく「待望久しい」と発言。
1992年10月 ジョン・ワトソン「知ったことじゃないよ。ちくしょめ。」と発言。開発費が6000万ポンドに達する。
1993年1月 推定8000万ポンドに達していたが更に開発費が見込まれる一方、最難関部分の80%が未着手であると報道される。
1993年3月8日 プロジェクト危機を宣言。
1993年3月11日 開発中止。ピーター・ローリンズ証券取引所理事長辞任。

引用 P279-281

開発費だけに注目して付属の年表から抜粋したのだけれど、本の本編や引用した年表に記載されているのだけれど、上記の表の間にそれはもうたくさんの横やりや諸事情が書かれているわけです。


具体的な諸事情は本書で読んでください。いくつか上げれば、イギリス人だってドロッドロの泥臭い関係のまま世の中が仕組まれていて、その泥臭い社会構造の上で営まれる業務をシステム構築しているのだと。政府は口を出すし、利権を持つ団体は好きかって言う。権限のない責任者は何もできないし、他に関心を高く持つものがあればそれに目をそらす。


正しいルールのもとで逐一判断していても、結果は期待する方向にならないのは、あれもこれも要望を聴いて回るからだし、実は、日々の営みである業務が定義されていないからだったのもプロジェクトが拡大していった一員なのではないか、と思う。


勿論、掛けてしまった投資コストとこれからさらに追加する投資とを比較して「もったいなくて止められないよね。」というサンクコストの話も出ているけれど、何度かあったプロジェクトを小さなうちに中止する機会を誤って継続したのはやっぱり進捗を出来高で定量的に把握していなかったことが大きな原因なんだろうと思うと、PMBOKのEVMはプロジェクトの進捗の今とこれからを予測するのには必要な考えであると改めて思うんだな。


本の後半には、三角形を逆さまにして、マクロからミクロへ事例のプロジェクトの経緯を分析した図が書かれているのだが、ちょっとイメージがつかめない。ううん。わからん。


プロジェクト・オーナである証券取引所は、まったくもって近代的なプロジェクトマネジメントスキルが組織として持っていなかった、と感想を持たざる得ない。組織としてスキルを持つとはCMMIではないけれど成熟度を一定のレベルで持つということである。だから、グランドデザインの図面を持たなかったんだろうし(これは想像)、マネジメントを定量的に行わなかったということがその証左なのだろうと思う。


ヤッパリ、システムの大小に係わらず、プロジェクト・オーナ若しくはそのメンバに全体像を描けるアーキテクトの存在が不可欠なのだと思うのは、途中に出てくる開発が周辺機能から行っていて、肝心のコア機能にはまったくと言って良い程手を付けていなかった、という行を見たときなのですよ。そりゃダメだよ。プロセスが決まっていないのに、何でインタフェースを決められるの?って話だもの。


この本は「プロジェクト・マネージャの必読書!!」と帯に書かれているけれど、真にそう思う。サイズはプロジェクトによってまちまちだけれど、汎化すれば同じなんですよ、失敗するときは。気が付かないほどの温さの中では、日々起きていることが変哲もないことだけれど、それを問題意識を持ってみないから「拙い」と気づかないんですよ。そして、都合の悪いことは目をそらすこともできるから、にっちもさっちもいかなくなってから気づくんです。


如何に日々の差異に気付くか。


差異を気づくには手本、プロジェクトならプロジェクト計画書なり、WBSなり、マイルストーンなりのベースラインが無ければ気が付きようがないのです。果たして、日々の気づきを得るためのそうしたベースラインは持っているのかどうか。トーラスは証券取引所が持っていたのか。それとの較差を知ろうとしたのか。


ズット前にPMIのPM NETWORKで観た記憶があるけれど、PMBOKを作る欧米だってQCDで評価すれば何ら失敗しているプロジェクトは60%台なのだということを思い出した。欧米人だからすごいということはないんだね。