あったらいいなには警戒しよう


必須と任意、かならず必要とあったらいいな、must haveとnice to have。言い方はいろいろありますが仕事について回るものですね。プロジェクトなら開発スコープの必須機能と実装出来たらとか、開発プロセスでの必須の作業と任意の作業とか。


警戒したいのは何からなんでも必須にしたがる人達です。

エビデンスにA資料が格納されていません。提出してください。」
「必要なんでしたっけ。」
「必要です。」
「ちょっと待ってくださいね。ルール上はどうなっていましたっけ。」
「A資料とB資料が必要です。」
「いやいや、ルールを確認しましょう。どのルールに記載されていますか。」
「ここに記載されています!」
「えーっと、ううん?このルールではB資料だけ記載されていますね。ですからB資料だけあればいいのでは。」
「記述要領には、A資料とB資料の両方を記載しています。」
「それは記述要領ですよね。どの資料が必要かはルールにあるものだけ、ですよね。」
「記述要領に記載されているものは必要です。監査があったら指摘されますから。」
「それはおかしいですよ。記述要領は書き方の文書であって提出が必須のものはルールに記載されているものだけなのではありませんか。」
「監査で指摘される可能性がありますから。」
「ワタシたちはルールに記載だけのものが提出対象と考えます。記述要領は書き方のガイドです。」
「……。」
「よく考えてくださいね。記述要領に記載があるものすべてが提出対象となるなら膨大な資料を漏れなく格納することになりますよ。そんなの運用が回るわけないとおもいませんか。」
「もう一度言いますが、ルールはワタシたちが決めているのですから、そのルールには準拠しなければいけません。だから、ルールに記載の文書だけに限定して提出します。それ以外は任意のものです。」
「任意のものが提出資料に混在すると以降の資料提出に任意の資料が必須のように既成事実化するので含めません。」


任意のもの、境界が曖昧なものをテリトリーの範囲に入れたがる人たちは運用を考えていません。それ以前に何が必要で何を必要としないかをルールを定めたり、誤解されないようなルールを決めたりしなかったり、ルールに基づく判断をしようとしません。こうした人達は警戒が必要です。


仕事で人が動くには何かの理由があり、その行為の結果には価値が生産されていなければなりません。それが判断できないのですよね。そうした人達は、あったらいいとか指摘されたら困るとか、ありもしない判断基準や不安から人に対してアウトプットを求めます。


価値のある、意味のある、ルールで定めたことならやらなければいけませんが、そうでないと思ったら受け手もそうした人達の言い分をただ聞き流してはいけないのです。そのような根拠のないことに労力を提供してはいけないのです。