女性だけの部屋


部屋に入るとそのひとはそこの椅子に掛けてというような仕草をしてワタシを促すように声を掛けた。そのひとは椅子に掛けたワタシの傍に寄ってきて、「コレで2回目ですね。」と言う。2回目だったかどうかワタシの記憶がはっきりしていないのは仕事の疲れが溜まったのが堰を切って記憶まで流し去ってしまったのか昼餉の昇華されつつある炭水化物が感覚を鈍らせているのかそうしたこと自体を思おうとすることがふわふわ漂うような気がして定まらない。


そのひとはワタシの傍に膝を詰めるように、でも何の躊躇いもなく脇に寄り添うように近づき声を発するのだ。「楽にして。」と。そのひとは顔をこちらに向けながら少し寄せながら「口を開けて。」とまるで何かを誘っているように聞こえるのはまだワタシの頭の中が濁ったままだからなのかもしれない。


そのひとは空の向きを変え、顔をワタシの息がかかるのではないかと思うまで近づけているように気配を感じるがあまりにも近づきすぎるように感じるのはそれを感じる感覚がだけは曖昧な記憶とは対極にあるのは距離感がそうさせるのかそれとも声の音の響きがそう感じさせるのかもしれない。


それほど間近に人の気配を感じることは日々の生活の糧を得る仕事の中では感じることはないし、それ以外では一体いくつのときに感じたか思い出せない。


だから、ワタシはただそっと目を閉じるしかないのだ。


そのひとはそっと優しく指をワタシの唇を越えて口腔に差し込んでくる。指が一本、二本。そして片手に硬い棒のようなものを掴み、ワタシの中に入っていくる。


いや、正しくはそう感じるのだ。まだ、ワタシは目を閉じたままなのだ。


「楽にして。」


またそのひとはまたそう言う。そして、リズムを取るように片手に持つ硬い棒のようなものを押し当ててくる。楽にしてと言われても慣れないことをしているので、ただただだらしなく唾液が溢れて喉の奥を詰まらようとするのを越えらながら息の仕方を初めて覚えるように舌の位置を彷徨わせる。


片手に持ったか待望のようなものが歯に当たるとガリガリと音を立てて部屋に響く。そのひとは念入りにワタシの口の中を指でなぞるように蠢くように這わせていう。


「この前の続きをしましょう。」


硬い棒を口の中の上や下に、あちらこちらに這わせながら歯に当たればガリガリとする音が次第にリズミカルに音色を立てようとしているのではないかとぼんやりと唾液野中の記憶の中でただ思うだけがワタシにできる唯一のことだった。


不意に、ズズッと音を響かせながら唾液を吸われたのは気のせいか。でも口の中での息がだいぶ楽になってきたように感じられたけれど、また唾液が滴ってくる。


こんなことをワタシはなぜやっているのだろう。はじめてこの部屋に入ったときはそうした用向けではなかったはずだ。そして最初はこのひとではなかった様な気がしてならない。でも、もう、思い出すこともいまこの瞬間には出来そうもない。いつの間にか今のひととなっていた。そうじゃなければもうワタシの境界線の曖昧で滲んだ記憶はこの部屋を出るまでは細胞から呼び出せないのかもしれない。


突然、痛みのような感覚が走りワタシを一瞬元の世界に引き戻す。そのひとはそれに気づいたのかどうかは目を閉じているワタシには気付くことはできないのだ。


口腔の中は次第に滑らかになったようにその人の指と硬い棒のようなものが動いている。どうやら、そのリズミカルな運動は目的を果たしたかのように、静かに止まった。


そして不意にこう告げたのだ。「もう、終わり。」と。


安楽椅子のような椅子に横倒しに寝かされていたワタシの身体を起こさせるように、そしてコトの済んだあとを残さないように口を念入りにすすぐように促すのだった。


そのひとはワタシに終わりをつげ席を立った気配がしたのはまだ記憶がぼんやりとし続けていたことと、痛みがマーブルのように渦を巻いていたからかもしれない。


口を漱いだ後、そばにいたのは最初にあったひとの方だった。そして言ったのだ。「どうだった。」と。その人は白っぽい服を着衣しているように思えたが、部屋の明かりの眩しさと壁紙の色となんとも表現のし辛いニューエイジ音楽のリズムの中で覚醒しようとするがどうもまだ戻ってこれない。


「痛みがあるんでしょう。」
「ええ。」
「それを取ってあげましょう。」


またワタシは安楽椅子のような椅子に横たわらせられながら目を閉じる。口を薄く開くと指を口の中に入れながら「こちらに顔を向けて。」とワタシを誘うように告げるのだ。


「ちょっと痛いかも。」


そう言って風を吹き込むように痛みの場所を探り、何かを頬に含ませてから媚薬か何かをその痛みの箇所に触れたあと、さっきとは違う硬い棒のようなものを口に入れ痛みのある個所にあてるのだった。そしてそのひとはこう言ったのだ。


「これでお終いよ。」


ワタシは起こされ、部屋から出て行く他ないのだ。部屋を出ると曖昧だった記憶は次第に鮮明になっていくような感覚を覚えた。


部屋を出た先に受け付け様なところに別の人が座っている。ワタシにその前のソファーにする割るように勧め暫く待つように告げた。そしてそう何分まっただろうか。名前を呼ばれたのだ。記憶の細胞が働きだしたワタシのこう話しかける。


「これで今回の治療はおわりです。」
「次は半年後にお知らせのお手紙をお送りします。」


二ヶ月に跨った歯医者の治療が終わった瞬間だった。歳を取ると歯茎が下がり知覚過敏のようになってしまうらしい、と転寝してて飛び起きて駆けつけたのが最終日になるとは思いもしなかった。


そして歯の下の方から虫歯になることもあるのだということを初めて知ったのであった。その治療の間に「歯のお掃除をしましょう。」ということになり、このようなことになったのだ。


気付かずに虫歯になりかけることもあるとは。歯は定期検診をした方が良いのだ。それにその歯科はすべて女性なのだから。