システムエンジニアの扱いに公平性は必要か

持論からいえば、システムエンジニアは期待に応えてくれる社員に対しての扱いは優遇します。期待どおりの貢献ならそれに見合うとこちらが考える対応をします。全く期待に応えてくれない社員に対してはそれなりの扱いです。

先に注意点を。扱いと評価は別です。もちろん、日常の対応が期待に応えている社員とそうでない社員と変えることはありません。ここで取り上げている扱いとは「機会」といったら良いかもしれません。

評価については、過去のエントリに書いてきたと思いますが改めてが考え方を書くとするならば、次の3点で評価をします。

  • 評価の基準は統一したものを目標設定時に用意しておく。
  • 評価基準は公開しない。
  • 評価基準は基本的に定量的とし、一部定性的な点を含める。

もちろん、各人の目標はロールや専門性に応じた設定をします。つまり、誰一人同じ目標はありません。その時点から各人の扱いは違うのです。それを踏まえても、評価を同じ基準にするのは、 評価をする側としての軸を持って評価しないと評価後に説明が必要となったときに根拠が説明できないためです。

これは対外的な説明のためが主眼ではなく、あくまでも評価は基準で行うことを方針としています。この方針は、組織の成熟度の進度や事業内容のピボットがあったとしても軸としてぶれないという利点があります。

日常的な扱いも社員に対して同じように振る舞うのは同じ職場で働いているメンバに期待するものとして当然のことです。そこで温度差が出てしまうと目に見える依怙贔屓にと感じ取られても仕方がないですし、評価側が取るに望ましい振る舞いではありません。

では、どの扱いで公平性を変えるのか。それは、機会です。機会は人により魅力的に捉えられたり、反対に負担に感じるものがあります。機会を与えられる社員は期待に応えているから常に新しく挑戦的な機会が与えられるもので、機会を与えられない社員に対しては魅力的に見えるものです。一方、常に機会を与えられる社員にとっては忙しい最中に「また面倒ごとを持ってこられた」と思えば負担に感じられるかもしれません。

では、なぜ期待に応える社員だけに(他の人から見たら)魅力的な機会が与えられ続けるかといえば、期待に応えていない社員はその魅力的に思える機会をやり遂げるに必要なスキルを持っていないからです。その魅力的に見える機会に挑戦する前に身につけなければならないスキルを身につけて、期待に応えて欲しいのです。

そうした身につけて欲しいスキルはロールごとにあり、それが評価基準にも反映されています。

個々のメンバの経験は違います。スタート時点で違いが生じている状態に公平性を求めること自体が無理がありますし、個々人が持っている特性を客観的に評価すれば、適応性の観点からも差異が生じますから公平性を持ち出すこと自体に意味がありません。適応性も特性もない人に公平性を持ち出し、機会を与えて無理をさせることは誰も幸せにしません。

そうした公平性が適切でないところは個々にテーマを持てば良い話です。公平性を持ち出すなら、評価基準です。それは個々人の成果をロールに応じて評価基準に従い絶対評価をすれば良いのです。それ以外は相対的に物事を進めるだけなのです。