時間の使い方

時間の使い方とタイトルを読むと、何に期待するだろう。


今の仕事がとても忙しくて、どう時間を使ったら仕事が納期まで終わるとか、効率的な時間の使い方とか、そういったのかな、期待されてしまうの。


そういったタイトルには、チェックリストだとかToDoリストだとかWebサービスだとか持ってくる記事もあるけれど、多分、効果は限定されるかな。そういったツールを導入しても、覚える時間とそのツールに情報を登録して維持する時間が必要になるから。時間がないと思っている人に新しい道具を渡しても、使い方を覚えたり、メンテナンスをする時間は作れないもの。それができるなら困っている今だってやっていないとおかしいもの。


時間の使い方とテーマを設けると、別の面から期待される。こっちに期待されるのは時間を効率的に使うハックかな。


時間の効率的な使い方。とても魅力的な響きだね。で、効率とは何を期待しているんだろう。1時間かかる仕事を30分でできるようになることかな。それとも10分でかな。


それ、何を比較しているのかな。仕事にかかった時間しか比較していないんじゃないのかな。同じやり方で、同じ結果を成果とするのに仕事にかかった時間だけ短くしたいの。


何かおかしいね。


時間の使い方とテーマを掲げると、掛けている時間だけにフォーカスしているけれど、それなんか違うと思わないかな。


1つは、何にどれだけ時間を使っているか知っているかということ。漠然と漫然と猛然と時間が足らないといっているなら、その人はずっと、これからも自分の思うように時間を使うことは出来ないと思うよ。


まず、時間を何に使っているかを知ることからはじめよう。


でも、自分が使っている時間を知ったところで、無駄な時間の使い方をしているとか、効率的な時間の使い方ができているかなんて思わないでいい。


今、自分の時間の使い方を知ることが先で、それは紙でもエクセルでもいいから、

「自分に偽りなく」


メモを取ることが必要なんだ。以外と、意識をしないで時間を使っているから。でも、それは浪費と呼び必要も自分をダメだと思う必要もない。今の自分にはそれが価値があることなんだから。


もし、別のやりたいことがあるのだとしたら、今何かに使っている時間と交換するしか方法はない。だって、だれだって24時間しか持っていないからね。今使っている時間を入れ替える。


そう踏ん切りをつけるためには、新しく入れ替えたいことで得られる価値と今使っている時間から得られる価値を比較して決めるんだね。やったことがないなら、可能性、将来の自分と比較することになるけど。


それで時間の使い方は変えられる。


あと、仕事を同じやり方、同じ成果を望むならそれは早々と諦めること。違うやり方、または、今より少ない成果に変えないと時間は短縮できない。


これはとても大事なこと。同じやり方で同じ成果を望んでいるのに時間を短縮したいと思うのは精神論の横暴だから。短くなるのは訓練で作業が習熟する場合だけ。


何かを望むなら、別のものを諦めるか、両方望むなら考え方を入れ替える。これで時間を別のアプローチで使うことになるんだね。