男性エンジニアも女性エンジニアもどちらも同じチームにいた方が自分の思考の狭さを学べる
Battle Conference U30の講演での発言が炎上し、所属組織がお詫びのプレスリリースを出していたようだ。
こう言ったとき、その炎上している発言の部分だけを切り出すとよくわからない状況にあることが少なくない。
ログミーに残っている(まさにログ)ので前後を含めて引用してみよう。
そして、これによって生じる問題は、男性エンジニアにとっては、「いいところを見せたい」というやる気が出ない。そして、女性エンジニアにとっては、女子トークができない。これは非常に重要な課題だと思います。
ただ、女性エンジニアを1から育成するっていうのは、非常にコストが大きいんですね。
これは正確なデータは取りづらいので、短大や私立の学費、卒業するまでにかかる費用にしたんですが、安くても300万、高いと800万といった、数百万単位でかかってしまいます。これはちょっと現実的じゃないですよね。
炎上した発言のあとを読む限り、短大若しくは私学の費用を引き合いに出しているが正確なデーてはではないと断っていることと、特に男女を特定した費用には読めない。
引用している調査結果でも男女を分けていない。
育費負担の実態調査結果(2017年度)株式会社 日本政策金融公庫
このことから、炎上した箇所を女性という必要はないし、女性だけがコストが高いという因果関係は認められない。
個人的な経験から言えば、男性だろうと教育コストは同じように掛かる。特に自分は組織貢献までに時間が掛かっている(と自己評価している)ので、ある意味、いまだに教育コストがかかっているのでろくなエンジニアではないと上は思っているかもしれない。
エンジニアの教育コストの観点で言えば、早く独り立ちして組織貢献することを組織は期待している。ロールをステップアップし、リーダになり、チームを引っ張っていってくれる人材になると優秀だと認めているだろう。
あるプロジェクトに担当のエンジニアとして参画したとき、男性のエンジニアのリーダに優秀な人が多かったが、女性もリーダが多く、男性のリーダと同じように優秀だった。
男女の人数としては男性が多いためかもしれない(人数の母数が多くなれば優秀でない人が混入する確率が上がる)が、担当業務とのミスマッチと思われる印象を受けたのは男性だった。
ここで個人的に女性の方が優秀であると刷り込まれた感は少なからずあるのだろう。
その後、マネージャになったとき、ほぼ男性職場であった。部活の延長のような、粗雑な関係性が感じられた。このときマネージャとして決めたことの1つは、女性比率を上げることだった。
別に男性だけでも良い組織は作れる。だが、考え方が似通ってしまう嫌いがある。物事を見る視点が固定化されるのだ。
システム開発では様々な切り口で物事を見ることができるスキルが必要である。そうした視点の捉え方を学ぶには、違う切り口を持っている多くの人と交流し、過ごすことで体感するのが一番だ。
例えば、日程を組むと必ずやらなければいけないと決め込んで追い詰めているとする。そこに時短勤務の社員を入れると制御できない外的要因、つまりお子さんが急病でお迎えに行かなければならなくなることがまま出てくる。
チームで考えることはそうしたコントロールできない事象に耐えられるバッファを持つことと助け合える文化を作ることである。こうしたことは頭で理解できていたとしても自分のチームの中で起きると途端に理解不能になる。
多様性云々と言われて久しいが、日常に自分の都合と違うメンバがいて、お互いの都合を知ることから学べることが多い。