鉄瓶と電気ケトル

平日の朝、家で朝ごはんを摂るようになったのは久しぶりだ。何年も前から平日の朝はコーヒーで済ませていた。1月下旬から早々にwith coronaとなり、通勤がなくなった。まるで毎日が週末の朝のようだ。そうして週末のように朝食を準備していた。

 

毎朝、コーヒーを飲む。お湯は鉄瓶で沸かす。結婚したときに買ったものだ。当時ディスカウントストアーと言えばダイクマだった。チラシの特売か何かだったのだろう。それ以来、コーヒーもお茶も鉄瓶でお湯を沸かしていた。

 

 

 

 

電気ケトルの便利さは、出張先のホテルに備え付けられていたこともあり知っていた。買って使えば便利なのだろう。UXは想像できるが何ぶんにもデザインがイケていない。デザイン落ちである。そういうことで先送りしていた。

 

カフェで好みの電気ケトルを見かけた。いわゆる注ぎ口が細く曲がったコーヒーポットのだ。ブランドを確かめ、値段を見るとそこそこ高い。買っても良いが、急いでいるわけではないから、類似製品を探してみる。手ごろなものを見つけ、ネットで注文する。

 

在宅勤務は想像していたとおり、長く続いている。どうせ薬ができるまで強制されている行動は変えられないのだ。季節は冬から春へ、そして夏になった。

 

鉄瓶でお湯を沸かすのは趣がある。長く使っているためそれなりに風貌というか、くたびれているところがある。ろくに洗いも磨きもせず、お湯を沸かすときに浄水した水を入れて、残ったらお湯を捨てて中が錆びないようにしておく。

 

夏でもコーヒーはホットがいい。以前に、アイスドコーヒーを飲んでいたとき、胃が疲れた。アイスドコーヒーを飲まないわけではないが、夏でもホットを飲むようにしている。だから、今年の夏も朝食はホットコーヒーを飲む。コーヒーを入れるたび、キッチンはガス台の放つ熱に覆われる。それもそういうものだとコーヒーをドリップしていたのだ。

 

今年は、だいぶ違う。浄水を電気ケトルに注ぎ、タッチパネルで100度にセットするだけだ。あとはゴゴゴと沸騰するのを待つ。鉄瓶は浄水を入れすぎると短い注ぎ口から溢れてガス台にお湯を撒き散らすので、蓋を少しずらしておく。そのままドリップするとずらした隙間から湯気が持ち手に当たり、熱い思いをする。じゃあと蓋を閉めると注ぎ口から溢れる。with coronaで失った経験のひとつ、かもしれない。