ココロは強くできるのかな


色々なココロ
人が内面に持つココロは、多面体だと思う。仕事をしているときのココロ、地域での付き合いでのココロ、家庭で家族と接するときのココロ、ひとりで悶々とするときのココロ。
どれも一人の自分なのに、やっぱり違う気がすする。

それはその場での役割で負っているもので変えているのではないか、とも思う。
どうだろうか。

アナタのココロはひとつ?

巧妙にバランスを崩す
仕事が上手くやれていても、家庭で問題があれば家庭でのココロがバランスを崩し、他のココロを侵食していく。そうすると、仕事場で使えるココロのリソースが減り、不安定になる。仕事をしていても、家庭のココロが不安定に侵攻してくるから、そっちに気がとられてしまい、気がつくと、仕事が手につかなくなってしまう。その結果、ミスをすることになって、まず最初に“自分”が“自分”を責めてしまう。


「ダメだ。しっかりしなきゃ。」


って。
でも、それは自責の念に囚われるだけで何も解決しない。
悪循環になるだけだ。

自分で、自分の大切だと思っているものから、巧みにバランスを崩そうとしているのだ。
自らの潜在意識で。
なんと言うことだろう。


流されるか腹を括るか
そのまま流されるのは、


「仕方がない。あれより他に選択肢がなかったのだから。」


と言い訳するためなのだろうか。
それが選択肢なのだろうか。


もともとあったバランスがあったことを思い出そう。
仕事、地域、家庭、自分。その4つのバランス。
自分にとって、ココロ安らかなバランスがあるはずだし、バランスを崩す前はバランスが取れていたのだろう?
なら、バランスが崩れているココロを戻す“腹”を括ろう。

自分がそれを避けているから、嫌だと思うからバランスを崩すのだ。
流されてあとで文句を言うくらいなら、朝起きて、嫌なことを思い出すより、バランスを戻すための行動をしよう。
朝起きて、嫌なことを思い出すなんて、そんな馬鹿らしいことは止めたほうが良い。

なに、ちょっと面倒くさいだけだ。
それでも、嫌な朝を迎えるよりはいいさ。