目的と手段を逆転させる妖怪は日常に潜んであなたを狙う

「これ、前任者の資料になぞってすすめたらどうでしょうか。」
「うん?どうやってきたんでしたっけ。」
「もともと、プロジェクトの反省点をべからず集のようにまとめて共有していたようです。ただ、最近はそうした反省点より、どうして上手くできたかというような良い点を学ぶ的な知識の共有にシフトしているようです。」
「そうなんだ。」
「はい。だから次の場はどういった風に場の設定をしたらいいかと。」
「それで、次に発表してもらうプロジェクト事例はどっちだっけ。うーん、ワタシの記憶なら成功事例だと思うんだけど。」
「そうなんですね、成功事例なんですか。」
「あれ、事例発表をお願いした先方とはコンタクトを取ったのでしょう。」
「えぇ、取りましたけど成功事例か失敗事例かは気にしていなかったなぁ。」
「まぁ、事例発表の約束取りに行くだけならいいと思うけど、失敗事例だったら先方だって気乗りしなかったかもね。」
「いいえ、失敗事例は拒否権ありませんからそっちの方が問題ないです。」
「いやね、そうかもしれないけれど人ってそんな『ルールだから』って内心は割り切れないでしょ。」
「でも…。」
「知った上でなら、こっちだって話し方の一つもかわるでしょう、と言ってるだけだから。優しくしておくことに何も困ることはないでしょうってことです。」

「話が脱線したので戻すけど、成功事例なんですよね、確かに。」
「そうですよ。」
「じゃあ、成功事例のときはどういった運営していたか聴いているかな。」
「えっとちょっとファイルを確認するので……、事例発表者が一方的に話して、最後に質疑応答していたようですね。」
「じゃあどうしたいか希望ありますか。」
「同じでいいじゃないですか。成功事例だし。」

「それ、先方もそう思っているのかなぁ。ちょっと、プロジェクトのプロファイル見せてもらえるかな。」
「じゃあちょっと…アクセスするので…えっと、どこだっけ…このフォルダの……あこれか…これですね。」
「概要のところ、見せてもらって良い。そう、次のページかな。うーん、これ、プロジェクトマネージャを知ってるプロジェクトだった。成功したけど、これ普通に座学だと駄目な気がする。直感的に。」
「どうしてですか。」
「成功事例だけどそれは結果なんだよ、このプロジェクト。途中で大変だったらしいんだよ。このプロジェクトマネージャにバッタリ会ったときに二言、三言聞いたんだけど死にそうな顔つきしてたから。それに、あのプロマネなら受講者に聞かせて終わらせるようなことしないと思うなぁ、性格的に。」
「でも過去の発表では座学形式でしたし。いいじゃないですか同じで。」

「あのね、教えて欲しいんだけど、こうした場を設けているのはどうしてかな。」
「それは事例から教訓を共有するために決まっているじゃないですよ。」
「それ、事例に関わらず同じやり方するの。それでいいの。」
「どうしてですか。問題ないじゃないですか。同じやり方で場は設けられるし、教訓を教えてあげられるじゃないですか。」

「ワタシはこう思うんだよ。教訓なんて聞いたって『クソの役にも立たない』んだよ。教訓を自分の問題として考えて、自分のこととして考えないと何も残らないんだよ。」

「確かに、座学でもあなたの仕事は終わるけどさ。それがこの事例を共有する場の目的なのかな。」

「ワタシはそれは目的を見誤っているとしか思えないんだけど。余計なお世話かもしれないし、仕事を増やしているように思うかもしれないけれど。」

「発表しれくれるプロジェクトマネージャともう少し会話してきた方が良いと思うよ。あのプロマネプロマネで自分が経験をしてきたことをただ聞いて欲しいのか、それとも自分で聞いて考えて欲しいのか。それをね、聴いてきた方が良いと思うんだ。」

「そのときに、事例発表をしてもらうプロジェクトマネージャと場の目的が何かを共有して欲しいんだ。でね、その『プロジェクトマネージャはどうしたいか』を聞いて欲しいんだ。なにせ場の主役はそのプロマネだから。それを確認したらあなたが言うとおりの座学が良いというかもしれないし、それ以外のやり方をしたいということになるかもしれないし。まずは、まだ日にちに余裕があるので聴いてもらってきていいかな。」

「あの、事例発表の件で時間を。」
「はい、いいですよ。どこでやりますか。」
「じゃあ、打ち合わせスペース取っておいたのでそこに行きましょう。」
「それでどうでしたか。」
「嫌ですって言われました。」
「何をですか。まさか事例発表。」
「いいえ、『座学は嫌だ』って。座学だと『聞いてよかったねで終わってしまうから。』だって。」
「へー、それじゃ何か希望を言っていた。」
「考えて欲しい、ですって。受講者に。タダでは返さないって。出てきたら自分で考えて何かを『腹落ちさせて返って欲しい。』って。」

「なんで座学だとダメだってわかったんですか。どこでわかったんですか。」
「いや、わかったわけじゃないけど。なんとなくそんな気がしただけなんだけど。」
「じゃあ、どこでそう思ったんですか。」
「何処だと思う。」
「…わからないから聞いているんです。」
「それじゃ、座学とおんなじじゃないの。」
「えー。」