もう直ぐ50歳になりそうなエンジニアが身に沁みて考えていること


あと数年もすると50歳の大台で、「あれ、ワタシいつの間にそんな歳になったん?」と記憶が10-20年くらい飛んだ様な気がしてならないです。子どもを持つようになると、「月日の流れはあっという間だから。(キリッ」ってあちらこちらで言われて「へーそうなんだ。」と流していたら、ホント自分の時間が急流のように流れていったんジャマイカ。


ワタシ後何年生きるのだろう。30代の頃は、とっとと適当なところで寿命を終えたいなぁ、できれば通勤途上で、できれば出張の飛行機で絶命すると保険金も沢山受けられるみたいだから、そうしたら「ワイフも子どもの心配もしなくていいなぁ。」なんて今思えば持ったいないことを思っていたりしたものです。


人の命はアトランダムに終わりが来るけれど、一応なだらかにソートされているようだから年齢順に行くようです。いづれにしても来るものはくるのだから、それまではなんとなく好き勝手をしようかと思うんですけれど、それでも体は正直なもので精神的には20代か30代でとまっていることが体力の老化と相反したレスポンスをすることに驚九歩家内のです。


それは、ワタシだけの話じゃなくて、今の若い人もあと20年や30年したら同じことを思うのでしょう。


インターフェースが変わることがツライ
車検が近くて、冷やかしに新型のモデルを試乗したんですけれど、インテリアのインタフェースが少しずつ変わっていたのです。フルモデルチェンジだったから、まぁ、当たり前のことではあるんですけれど。


些細なことなら、カップフォルダがピョコンって出てくるタイプが固定式に戻ったとかオーディオのデザインが変わったとかですが、心理的に大きな変更点に感じたのはパーキングブレーキの解除がボタンを押せばいいとか。これって、国産の電気仕掛けに似てきたなぁって。慣れの問題でもあるんでしょうけれど。


慣れの話をワイフとしたら、やっぱり変わるのは段々苦手になってきたらしいです。それでも、別のブランドの小さな車は、カワイイので興味があるようで、“カワイイは正義なんだ”と改めて思ったんですけど。


余り買い物をしなくなった
モノを増やすことはためらうようになったと言うか。本を読むのが好きで、サイドバーにあるものは買っているんですけれど、買うスピードを意識して落とすようになったような気がするのです。それは、モノを買えばそれを収納しなければならないし、それも面倒だなって。一時期ガチャガチャとかねんどろいどプチのようなものも少しだけ買ったことがあるんですけど、もう、それほど買う機会はなくなりましたね。なんか、もういいかって。


モノを減らして、シンプルにしたいと言う気持ちが少し強くなってきたようです。だから、シーズンごとに買っていた服も、長く着れるのがいいと思うようになったし、体型もかわると服を揃えなおさないといけないのでおなか周りは気にするようになったですねぇ。


友達を大事にするようになった
あまり友達はいないのですが、それでも大学のゼミの友達との付き合いはあるし、−いや、フェイスブックで復活したような気がする−、それより近所だったり子ども繋がりだったりで誘って家呑みできる友達を何人か入ればいいかなって思うので、そういった可能性を大事にしたくて、人との関係は気にするようになったというか。


あと何年かしたら今の仕事は辞めるだろうし、それでも仕事を続けようとするなら人付き合いはそれなりにないとアレだし。


ワイフと話すことが多くなった
一番変わったのは、ワイフと話す時間が増えたってことかなぁ。子どもの進学の話もあるけれど、これから生きているうちはずっと顔を見合わせるわけで。ラブリーなのでムギュムギュしていればワタシ的にはそれだけでもいいんですけれど、相手がいるものだから。


子どもも大きくなると、親より友達なので、そとに飛び出したままで朝出たら帰ってくるのは夕方とか、そんなのザラです。だから、自然と青をつき合わせる時間が増えるわけですけれど、ワタシ的にはウエルカムなので、そういった時間をもっと大事にしたいなぁって思うんですョ。