ガッカリした3つの経験がエンジニアのセンスを鍛える


今、こうしていられるのもたくさんの小さな失敗とときどきある割と自分にグサッと刺さる大きな失敗があってこそ、なのかもと思うのです。グサッと刺さる失敗は、その後引きずることもあります。なんか、自分にガッカリするとか、自分のセンスを無さに向き合ってしまって戸惑うとか。


1つ目が若いころなのでもう20年以上前のコトなのですが、とある業務システムのサブシステムの今でいうユーザインタフェースのプロトタイプをエンドユーザに使ってもらったらめちゃくちゃ評判悪かったらしい。「らしい」と書いたのは、UIをdisられた場にワタシが同席していなかったから。で、人づてに「disられていたよ。」と教えてもらったので後から知ったのでした。


そのとき、disられたUIは案を2つ考えていて、メインのサブシステムと似た操作のもののA案と全く違うUIのB案どちらを選択すればいいか迷った挙句にメインのサブシステムと似た操作の方のA案を選んだらdisられて、欠席裁判で出た案は自分のB案と同じようなUIだった、と。今でも子細まで覚えているのはやっぱり自分に刺さった失敗としての深さが小さな失敗とは違ったからなのだと思うのですね。


2つ目は、導入したシステムのマニュアルを作るときに案をいくつも出してもリジェクトされて「どうしたらいいのよ。」と迷走したこと。読者を意識していなかったのが迷走した原因だったんですが。これも何度もやり直したのでグサッと刺さって、その傷跡がまだ残っていますね。


3つ目はプロジェクトの進め方。どこでも同じようなんでしょうけど、関係者に泥臭い政治的なところを重要視する方がおられて、こちらとしては「そこまで配慮するなんてしらんがな。」というか。見方を変えれば、例えば、報告書1枚にしてもどこまで上がっていくかで読み手が変わるんだから、それを説明する立場になって、みたいな話なんですが。


いやー、それあなたの仕事でしょうと言いたところですが、相手がこちらの仕事を理解できていないとするなら相手にレベルを合わせて報告しないと先に進まないものがあるんだからしょうがない、的な。


どのケースにしても、その条件下でワタシにはグッサリと刺さるところがあって、みなさんから見ればその程度の失敗がワタシにとっては大きな失敗だったりします。この3つはセンス的な失敗のケースです。プロジェクトマネージャとしての二度と繰り返したくない失敗は他にあります。進捗管理でこれは二度とやりたくない、とか。


センスのような定性的なスキルであっても、ある程度はセンスの善し悪しにかかわらず、あげられると思うんです。これは、定性的なスキル全般に言えることです。UI/UXのようなセンスが判断に必要なスキルも本を手本に本に書かれている程度までは訓練であげられるんです。ただ、本に書いてある以上は無理ですけど。


だから、そうしたセンスにかかるスキルも自分の失敗を踏み台にして繰り返さないようにするとか、繰り返さないように自分の仕事の仕組みに組み込むとか、そうした経験を上手に生かしたいものです。