コミュニケーションは感情を押さえないと目的が達成できない
進捗は歩いてこない、だぁから歩いて聞くんだよ
1日目に10%、3日目で80%
80%まで進んで滞る
早朝から365歩のマーチの出だしが降臨してきてこんなセリフを当てることを思いつくなんて馬鹿なのかアホなのか…。
コミュニケーションの幻想
これだけチームで働くにはコミュニケーションスキルが重要だとか、必須のスキルだとか、コミュニケーションを促進するためにはツールを導入すべきだとか、ツールはこれがいいとか賑わしていますが、
それでコミュニケーションは期待するように取れるようになったのかね
と問いたい。
結局、コミュニケーションを取りたい側=プロジェクトマネージャやマネージャなどの必要としている情報を吸い上げるための仕組みだから、必要とする側から駆動して取りに行く必要があることは何一つ改善されないのではないか、と。
#記憶が確かなら、半二重通信みたいなものなのでは。
1通のメール
とある日、1通のメールが。開くと、
あなたの活動でこちらの部門の作業が想定外に忙しい。一体、この先どうなるのか。次のことを知りたい。打ち合わせが必要なら言ってくれ。
意味がわからないのですが。そちらの部門はサービス提供部門なのだからサービスリクエストを受け付けて、仕様上のリードタイムで応答すれば良いのでは。
まあ、情報共有は別に構わないけれど、そちらの欲しい情報をこちらが判断して出せる情報かどうかの判別がつかないんだよなぁ。
こちらの計画の資料を渡して理解できるのかしら。資料渡して、さらに説明が必要なくらいなら最初から打ち合わせをしたいと言えばいいのに。
わからないのは、打ち合わせが必要かどうかはそちらが決めることでこちらはレスポンスする立場なんだけれど。
そちらの活動に対応すべく、今後の計画を共有いただきたい。次のことを知りたいが対面でインタビューしたいので次の候補日時ではいかが
ワタシなら上記のように打診の上、直接コミュニケーションの「場」を一席設けてお伺いするけれど。この打診では場を設けることが目的であることがはっきりしている(と思うけど)。
目的が達成されれば、何をしようとしているのか、今後の計画の見通しはどうかが直接聞けるのに。それにサービスリクエストを大量に出しているということは今後も関係があるだろうから面が割れている方が相手しやすいと思うのだけれど。
ワタシがそちら側ならそう思う。
コミュニケーションでは感情を押さえないと
1通のメールの書きっぷりは大分簡略化しているけれど、原文のメールには行間や文字間に滲む感情が窺えるのですよ。
言葉の選択は感情を表すので。
むかーしにも書きましたが、コミュニケーションツールの選択により伝えたいことの伝達力が大分減衰するんです。
対面|超えられない壁|電話>メール
なぜなら、書き手の意図を書き手の知識と情報から語彙から選び、感覚で選び(ろくに推敲もせず)、全体の構成も見直しせずに投げてしまうから。
さらに、受け手は書き手の意図とは無関係に、一切、制約を受けずに受け手が持っている知識と情報を背景に解釈している語彙の意味でのみ受け取り、理解(表面だけか裏まで読むかは別として)するから。
そうしたことを知っていると、メールなんてビジネスライク(死語?)な丁寧に用件を伝えるのが合理的なソリューションになるですよ。
で、ご丁寧な大人語のメールが飛び交うと。でもね、それコミュニケーションを効率的に取るための手段なのね。