労働の量と質をトレードオフしているとエンジニアが自滅する

システムエンジニアの業界のテンプレ的なイメージは、デスマと長時間労働と低スペック開発環境と人海戦術による学習しない組織というのはまだ変わっていないような気がするのですけれど、どうなんでしょう。

 

名ばかりの働き方改革の側が振り回されている間はコンプラを持ち出して、労働した時間の正しい申告と対価の支払いを遵法することを尤もらしく主張する一方、常態化している長時間労働の削減を働き方改革をテコに削減することで低粗利の改善に結びつけようとしているような気がしてならないし、実際はそうなんだろうと思うのです。

 

働き方改革のようなキャンペーンが張られるとどうも誰が利を得ようとしているのかを勘ぐってしまうのですよ。誰かが現状で不利益を被っているからそれを排除する活動をするわけです。

 

今の働き方改革は、肝心の従来の評価基準の変更や働くための設備、環境には触れずにただ、労働時間の短縮だけを謳っているに過ぎないのではないか、と思うのです。

 

従来の価値基準とは、長時間働いたという誰でも定量的に測定できる労働量を単位で、それを評価上の共通の価値観として運用しているのです。

 

この価値観を変えることをなおざりにしたままでは使用者であるマネージャが本来先に示さなければならない働くための行動指針を示さないまま、ツケをエンジニアに押し付けている状態であると理解する必要があるのです。

 

多分にマネージャはそこを理解していて、量から質へを掲げるわけです。働き方を変えなさい、と。

 

これは一見、至極当たり前なことを言っているように聞こえますが、それは裏があるわけです。これ前の働き方と同一またはそれ以上の対価を得られるように、でも、定時時間内で成果を出しなさい、と要求しているのです。

 

エンジニア側も仕事の仕方を変える必要が出てきます。気が向くままや流れに合わせて仕事をしていては時間内に終わらないのですから。

 

イメージしやすくするために、単純に40時間残業をしていたところを週40時間労働と法定の時間内で結果を出すように求めることが働き方改革後の組織の評価基準となった場合、40+10時間分掛けていたところを40時間で終わらすための工夫が必要になってきます。

 

これを労働環境を変えないままエンジニアが受け入れてしまっては、それは精神力で乗り越えようとした戦時の策と変わらないのです。すぐに破綻しますよ。そしてそのツケはマネージャにメンタルダウンのエンジニアが増え、固定費の増加、現場に出られるエンジニアの激減として表面化するのです。

 

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

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本当に働き方改革をするのであれば、組織の中の業務を全部再設計するくらいの覚悟が必要です。

 

エンジニアは生産することに注力させる。そのための環境と制度を再設計することです。コーポレート部門は全力でサポートすることも必要です。管理部門からエンジニアサポート部門であることをコミットする必要もあるでしょう。そしてマネージャは1秒でも多くエンジニアが開発に専念し、1円でも多く対価を稼ぐことができる開発環境を整備していくことが必要になるのです。