嫌な人、苦手なタイプの人との付き合い方


誰にだって一人二人はいるもの
嫌いな人や苦手なタイプって、誰でも一人二人はいるものだと思う。
よく聞きますよ、あいつはあーだとか、こーだとか。
言い方を観ていると、嫌いなんだろうな、と。
まれに、嫌い!とはっきり言う人が居るしなぁ。


自分は、若いころそういった嫌いな人、いなかったんですね。
なんでかな。
知らないことばかりで、無防備な状態で、それも相手に分かるように接していたからかなぁ。
相手から見たら、丸腰で寄ってくる自分はわかりやすく、扱いやすかったのではないだろうか。
何を考えているかわかるから、警戒する必要もないし扱いやすくなるから、優しく相手をしてくれる。
そうすると、こちらも優しい人だと思うから“この人はいい人”にカテゴライズしてしまう。
そうだったんじゃないかな。


そんなことばかり言ってられない
そんなころから20年も経っていればソウルジェムも濁るわけで。
もう、右も左もわかるオジサンなので、嫌いだとか好きだとか苦手なタイプとかいちいち言ってられなくなる。
仕事にならないからね。

頭では分かっているのに、他人には割り切って付き合えと言うけれど、自分自身の問題になるとそうはいかなくなるのが矛盾を抱える人間なんだと変に感心するところでもある。
だって、一日の半分近くも同じオフィスで過ごすようなら、そうも言ってられないじゃない?


嫌いなところを探すより
人を好きになる、というより人を認める特技を持っているつもりなので、そこから攻めてみるのがいいのだと思う。
誰だって、自分より一つ二つは優秀なところがあって、認めようと思うところがあるものだ。
その認めようと思うものは、決してすごいスキルである必要はない。
とても小さくても、自分にはないもを持っていれば、それは自分が持っていないのだから、認めたくなるものだ。
認めるところを見つけられるということは、すでにその人を心理的に許容できるポイントを知っていることになる。


たとえ、心から嫌いでも許容できるところがあれば、“あれはいいのだから、まぁいいか”と。
そのうち、どうでもよくなりますよ、そんな嫌いな人たち。