マネージャ、一社会人としての評価、そして市場での評価について −評価するための評価材料を準備するのは自分自身だし、望むように評価させるための材料をこちらから提供すればいいのである−


誰に評価されたい? 上司? 会社? それとも市場? Chikirinの日記



自分の仕事の評価についての記事なのでワタシなりの評価に対するポリシーから言えば、ちょっと詰めが甘いというか。でも、珍しく件の記事の大筋はワタシと方向性は大体あっているけれど、でも、それでも子細の大切な部分が違うので、これから社会人になる学生なら仕事の評価は誰にしてほしいか、今社会人ならどう評価されるのか、そして、マネージャ(上司)はどう評価しなくてはならないのかと言う観点で整理してみたい。



マネージャとしての部下の評価は“スキル”と“業績”
ワタシはチームメンバ(要は部下)の評価は2つの観点である。

1つ目は、個人のスキルの観点での絶対評価
2つ目は、事業の中での事業への貢献の観点での相対評価


個人のスキルの評価について
目標管理制度の導入の有無にかかわらず、年度に組織の目標が設定され、その目標が担当部署に割り当てとして落ちてくるとき、担当する組織のメンバにはそれを担うことを期待するし、プロジェクトのアサイメントではその目標と設定したそれぞれのメンバの期待するロールにチャレンジできるようにアサイメントする。例え、プロジェクトのロールが現状維持であっても期待するレベルを期待するレベルかそれ以上に引き当てることで難易度で調整する。


これはスキルとは、新しいことへのチャレンジ、難易度を引き上げることでの試みる機会の創出を経て初めて体感し実感することであげられる、と思っているというワタシ自身の経験則によるからである。


この考え方をベースにして、年明けの三が日にメンバ一人ひとりの育成の方向性をプロットして、夫々のメンバへ期待値を伝え、其れに見合うプロジェクトのロールにアサインし、1年後の年度末の評価をする。


評価は、メンバのと年初と年度末の成長の較差が目標設定したことのラインに達しているかどうか、である。評価に際しては、担当するロールにより同一プロジェクトのメンバを第三者の意見として適宜照会し評価者の思い込みに流されないように客観性を持たせる。


個人の業績評価について
業績評価は、その評価期間にコミットした、若しくは、アサイメントしたプロジェクト並びに業務の成果を評価する。プロジェクトでロールを担い、担当するロールの責務を果たすのは当然であって、それで期待値と等価と評価する。その上で、何をプロジェクトチームへの貢献として振る舞ったのか、そうした自分で考えて行動し、成果を出すことでプラスαの評価をする。


業務とはスキルを生かす実践の場なのであるから、スキルの育成で得たものを試行錯誤して使い、使えるようになり、実践する者のスキルとして身に着けた、という自己育成の循環のループとして生かさなければならないのである。


新しい技術を適用するプロジェクトではなくても、システム開発方法論は自己研鑚として学べるし、それの一部を自分のタスクの中で試みることはできる。つまり、実践の場であるからこそ、挑戦することのインパクトの大小はあるにしても機会は自ら創出することが出来るのであり、それをする、しないは当事者によるのである。


業績評価とは組織の中での評価であるから、プロジェクトとしてのチームプレイを乱すことは評価しない。自分が担当する範囲の責務を果たしていればいいというのは一担当まで、なのであって、ロールの位置に関わらず面倒を見るというリーダの印がついた時点で責務の重さに関わらず個人プレーが目に余るようであればそれは評価しない。端的に言えば、自分勝手な勤怠を説明なく続けるようなことがあれば残念な評価とする。


ワタシはそれらをもって評価する。


今社会人の人は評価についてどう考えればいいか
ワタシは、幸か不幸かアナタの上司ではないのでコレと言えない。ただ、ワタシがアナタなら、先に述べたマネージャとしての評価、つまりスキルと業績の観点で自分の目標を立て、それを試みる。


なぜか。


組織は成長することが目標だから、である。組織が成長することがどうして自分自身の評価につながるか。


それは、組織が成長するということは事業が拡大するかコストダウンをすることで新たな利益を生むことであって、それを達成するにはそれに見合うリソースが現場のマネージャは欲しいものであるが現実には今与えられている人的リソースで「ヤレ。」と言われることをこれまでの経験から知っている。だから、givenとして与えられている今のチームメンバが拡大したい組織の目標ののり代部分をカバーして欲しいと願うのである。


組織の目標ののり代をカバーするには、今の自分では自分のスキルの性能として現状維持だけ精一杯なのであって全くスペースは増えない。だから、スキルを育成しなければならないし、それを試行錯誤することが必要なのであって、それを続けることが結果として自己研鑚のループなのである。


つまり、マネージャの願いと自己研鑚のループを繋ぐのである。


そうした試みは結果を伴わないときもあるけれど、挑戦したという記録は自分自身にとって必要なキャリアのログなのである。そのログがsuccessなのであればスキルを得たと言えるし業績評価の際にマネージャと意思疎通をできる武器なのである。


そう、実践したスキルは自分自身にとって武器なのである。


アナタの武器になるアイテムは、技術的な要素ばかりではない。社会人、いや、人としてのふるまいとしての基礎的スキルも含む。そして、ロールが上がれば上がるほど、そうした基礎スキルの方が高いレベルで要求されるのである。


アナタのマネージャがアナタとソリが合わないこともある。アプローチは同じでよい。目標設定のタイミングで定量的な目標を共有し、ログとして残す。そして、ソリが合わないからこそ、半期よりは四半期に目標の進捗をそれとなく報告し、必要なら修正する。それより、ソリが合わないからこそ、敢えて週次のインターバルで報告を介してコミュニケーションを取るのである。


それは目標設定した以後評価まで音信不通にすれば、マネージャは子細を知らないから見聞きしている表面的な事柄でしか評価しないのである。逆に言えば、日ごろから、被評価者からアプローチすることで評価者を刷り込むのである。それは、ソリが合わないということを逆手に取っているだけであって、一つのコミュニケーションの戦術の実践なのである。


こちらはソリが合わないと思っていても、相手側にすればちょこちょこ相談に来るコミュニケーションのとれるメンバなのである。信頼できると思わせればいいのだ。果たして、これを腹黒いと嫌に思うならそのソリが合わないマネージャの下にいる期間をどぶに捨てるとすればいい。でも、自分自身の視点一つでどうにでもなるなら評価を得た方が良いのではないか。


市場での評価
市場での評価とは、それは自分の本名をエゴサーチしてみるのが端的だ。自分の名前がどれだけ売れているか。80%の人は実名でソーシャルネットワークでもしていない限り名前は出てこない。それは自分から実名を語るか、自分が付きあう周辺が漏らすか。そうでなければ、自分から露出しないと名前は売れない。


市場は、アナタのことを知らないのである。


それが事実だ。


ワタシは露出する機会が過去にあってそれがまだ検索で出てくるのである。そして、業務の都合、担当する業務上での社外の繋がりが少なくない。その結果、知らない人もある事業分野のキーワードで検索すれば露出する。検索する限りにおいて。


知らない人に評価をしてもらうにはどうしたらよいか。単純である。誰が見てもわかる物証で語るのである。それは、レジュメに記載できることと言ってもいい。市場とは買い手と言ってもいい。買い手の立場になって考えよ。


ネットは便利だ。今、技術で売りたいならGitでコードを公開する手もある。ブログで担当する業務のtipsを共有する方法もある。ただ、ネットだけでは足らず、旧来のリアルな人的ネットワークも必要なのだ。意外と、そうした繋がりが強いのである。それが移籍するときの大きな味方になることもある。アナタが買い手にたたかれないようにするためには、アウトプットを見せるほかない。買い手が欲しいというものを持つ他、ことは有利に運べないのである。


買い手としてはどうか。例えば、買い手としてオファーして、移籍してもらう。買い手の組織の中ではこれから来てもらう人材は今いないので即補充したいのであって、売り手が時間を掛けて育てたスキルという時間を対価=仲介料として支払うのである。


お金の移動が伴うから、組織の中で稟議される。そのとき、何を持って稟議を回すか。公的資格、実績。いずれも目に見える方がわかりやすと言うことは改めて述べなくてもいいだろう。


買い手は必要な人材を買う理由を持っている。しかし、それはアナタかどうかは別な話だ。そしてキャッシュアウトを伴うのでその額が小さい方が買い手自身は評価されるのである。組織にいたときの評価材料を揃えることと同じである。ただ、安く手に入れたい。組織の中の評価であれば、アナタの評価は組織の中での相対評価で位置づけされた。しかし、組織の外に出た途端、市場での相対評価の場に放り込まれるのである。


その中でどう高くみせるか。高いキャッシュアウトを伴っても手に入れる意義があると思わせるか。アナタは高くても手に入れたいものだと思わせなければならないのだ。


そして買い手に言い訳の素材も要しておくべきだ。アナタが買い手の組織の期待値と違っていたときの言い訳が必要なのだ。これこれの資格と実績を持っていた、当時、その界隈ではスターだった、にも関わらず、当社とは合わなかった。でも、アナタを採用に際し評価した点では間違いはなかった、と。