チームを育てるということはたった一つ


朝の通勤でチマチマとスティーブ・ジョブズ Iを読んでいたら、1984年に初めてMacをお披露目したときのビデオ(Watch Steve Jobs’ First Demonstration of the Mac for the Public, Unseen Since 1984)が公開されたのを知って、「ちょうどそこ読んでたー!」って思ったので週末にも見ようかな。1時間超えるみたいだし。


そんなこともプロジェクトルームに入ればささやかなことで、今日は今日のタスクが待っているのはどこのプロジェクトでも同じなんでしょうけど。そんなプロジェクトも、一緒に働くメンバを期待するパフォーマンスを発揮できるチームにするには一朝一夕にはいかないものです。


これは、チームを否定や非難しているのではなく、プロジェクトで求められるパフォーマンス、プロジェクトに必要な所作を“息をする様にふるまえるようになって欲しい”と思い、出来ると期待しているから、その理想とするチームに少しでも近づくためのギャップを感じて、なのです。


プロジェクトチームのディスティニー
所詮、プロジェクトチーム何て、そのプロジェクトのゴールを達成するために、deliverableを届けるためだけに組織されるものです。知ったメンバもいれば、そのプロジェクトで初めて一緒に働くメンバもいるわけで、そうしたプロジェクトごとに編成するチームは、プロジェクトの立ち上げと同時にチームビルディングをしなければなりません。


それぞれ体験してきたプロジェクトの経験も作法も好みのやり方も違うものを一人ひとりが持ち寄ってくる。そして、そのプロジェクトをどう運営したいか、しようかと思っているところに、プロジェクトマネージャも同じように経験と知識を持ち寄ってチーミングしようとするからますます混沌とカオスとなるわけで。大げさに言い換えれば文化の衝突なんですよ。デカルチャー


もうこれは宿命というか(そこまでおおげさじゃないけど)、必ずあるイベントのようなものですよね。そしてプロジェクトメンバの入退場でもチームを揺り動かす起因ともなるのです。


チームを育てるとは
プロジェクトチームとして集まる、仕事を始めるためには、共通の価値観、ルールが必要です。それは、一人ひとりのモノゴトの判断基準がバラバラだとチームとしての行動に一貫性を持てなくなるからです。そうしたチームの一貫性は簡単に醸成できるものではなく、それぞれのメンバの凸凹した価値観をチームの目指す理想の価値観に少しずつ合わせていくのです。


メンバ個人の価値観は、その個人に属するので変わるものではないと思っています。だから、チームとして行動するときは、そのチームの価値観に合わせることが必要だし、実際、チームの価値観に合わせてものごとの価値判断をしているものです。


ただ、個人としてではなく、チームの価値判断をしなければならないというシチュエーションではじめから、いつでも同じようにできるわけではないのです。何度も繰り返し続けるからトータルとして出来るようになったと見えるのです。そうした地味な繰り返すことで一つのチームの価値観に育成できると思うのです。


であれば、チームの育成に必要なことは何だろう。ルールを作ることか、口うるさく言うことか、出来たときに褒めることか。


どれも違うのではないか、そう思うんです。必要なことは一つだけ。

“待つこと”


勿論、ただ待つばかりではありません。それが出来るように様々なことをします。いつでも理想のふるまいが出来るようになるには日々の実践で身に着けなければいざと言うときにできないのですから。


そうして、待つ。出来るようになるのを待つ。出来なくて嘆くのではなく、出来るように促しつつ待つのです。