量産型PM生産計画

マネジメント層は中期計画を達成するために必要なリソース供給を図るようにマネージャクラスに定量的な目標設定と実行計画のトレースを行いますね。マネジメントはビジネスを拡大するためのボトルネックを探し出します。ビジネスを拡大するためにはプロジェクト数を増やさなければならない。そのためには

「キーパーソンとなるPMが必要である」

と。

そうして落ちてきたPMを増やす目標はマネジメントしている配下組織の実情と乖離していても数字だけが一人歩きするので「やります」「やっています」と言わざるを得ないわけです。

「うちにPMをやれる人材いるのか」

と思っていたとしても。

そうすると現場に、特にシステムエンジニアに降ってくるのは中期計画達成のためにPMになるように勧誘・説得・PM候補という拒否権のないアサインだったりするのですよね。そこには本当にPMに必要な資質を持っているかどうかは考慮されず。

ここで

「量産型PM開発計画」

が実行に移されるわけです。

そこで実施されるのがPM研修という名目の効果のわからないプログラムだったりします。

まあ、全部が全部効果がないかとい言えば、体型的に知識を学ぶことができれば、それは自己研鑽で行うよりは強制的に行われるという点において時間が確保できるというメリットはあります。

でも、体系化された形式知以外のところについて効果はどうかというとかなり怪しいのではないか、と。

例えばワークショップ形式での模擬体験型のワークショップは講師側が意図的に設定したシナリオの上でしか疑似体験ができないからで、それが集合形式の研修の参加者全てに必要かと言えば、受講者の経験知と一人ひとり確認しないとわからないですし。

何より、時間的な制約から体系化された形式知のごく一部しか疑似的な経験を得られる研修さえ受けられないです。

だから、OJTでとなるけれど、そこには何もないんですよ。何を目的としてOJTで学ぶかという動機付けが。これが痛い。

それに何より、体型的な形式知も疑似的な経験により習得する経験知もOJTでも、るPM候補生の自身への動機づけにより習得度にばらつきが出ますし。

こうしたことからも、マネジメントが望む中期計画達成のためのリソース供給の源泉となる量産型PMの育成計画は、集合研修だけでは歩留まりの悪い悪手であるということになりますし、OJTだって考慮した上でやらないと効果のないアサインとなってしまうんです。

それでもなお、供給サイドであるマネージャからは研修計画を立案し、研修を実施し、立派な、中期計画を達成するためのリソースは共有した、と報告されるのです。

そして、中期計画を達成できなければ、

「量産型PMの性能の問題だ」

と批評されるのです。

もともとの量産型PM開発計画は問われずに。

 PMなどのマネージャと名のつくロールには、量産という概念は適用できないとすることです。可能性のある候補の母集団から選抜を重ねて選ぶのはその通りですが、そうであるならこそ、量産という考えは向かない、と気付かなければなりません。

オーダメイドなんですね。PMは。何故なら、対象の資質を見極めなければならないからです。

何故なら、PMはオペレータではないから。PM自身がマネージャという自己所有する知識と収集する情報から判断するロールだから。

そこをわかっていたら中期計画にPMの育成なんて入れられないのです。