理想のエンジニアより3つの役割から選ぶほうがいいんじゃない

理想的なエンジニアでありたい
kurainの壺


TLに流れてきたのでざっと読んでみたら先日の「そんなにプライベートを犠牲にして大丈夫?」のエントリを書いた人だった。ブクマしてコメントだけ残したんだけれど。


理想のエンジニア
若い人は「みんな偉いなぁ」と素直に思う。だって、若いうちからブログに自分の考えていることを表現したり、そのブログで自分の考える理想のエンジニアを取り上げたりしているんだから。


そう言えば、ワタシにとっての「理想の」エンジニア像ってあるんだっけ。いつも書いているようにやってみたい職種やスキルを身につけ立ち振る舞いたいロールならあったけれど、それはいつも将来の自分だったんだよね。


そう、ワタシにとっての「理想」とはなりたい自分としてスキルを身につけている状態なんだよねぇ。だってエンジニアの役割をワタシが必要とするのは対価を得るための「仕事」での話だから。


たしかフランスでは大人は3つの役割を負わなくてはならなくて、1つは仕事をすること、1つのは家庭での役割をすること、もう一つは地域の役割を負うこと、だったような。


その意味合いでは、理想のエンジニアは仕事としての役割を負っているだけなのですよ。理想のエンジニアは、家庭では必要ないし、地域でも必要はない。


だいたい、人はあれもこれも一緒に考えるから複雑になってこんがらがってしまって、終いには身動きが取れなくなってしまうのではないかしら。だったら、自分の思考を縛らない考え方を選べぶ方法もあるのだけれど。


それに役に応じるとするならば、自分の中でマインドを切り替えられるというメリットを持てるのです。あれもこれも一緒に背負って重い思いをするよりはいいと思いますよ。


でも、体は1つしかないわけでその3つの役割をどう考えたらいいのかと思うかもしれないですが、そんなの「そのときに一番大事なことだと思うことをやればいい」のです。3つの役割にそれぞれやりたいことをがあっても1つしか体が選べないなら残りの2つは1番目が終わってからでしかできないんですから。


仕事としての役割を優先にするにしても、ハードワークをすることを選ぶのかもしれないし、技術的なスキルを身につけたいと思うかもしれない。これでさえ、ある時点ではどちらかしかできないのだし。


どんなに家庭の役割をしたくても、お金が必要なら仕事の役割を果たして対価を持って帰ることが今やることなのです。どんなに仕事の役割を果たしたくても、家庭の役割としてしなければならないことがあるのならその時期だけは仕事に関することはプライオリティが下がる、と。


なので「理想的なエンジニアになるために」と考えるなら仕事の役割にフォーカスしたほうが良いと思うんです。そこに家庭の役割を持ち込むから面倒臭くなる。仕事の役割をえらんだのだから、他の2つの役割はその次で1つ目が終わるまではキューに入っているだけなんです。ただ、そのキューは先入先出ではなく、常に選択するときには3つの役割から選ぶのです。