いま、システムエンジニアにその人の性質を含めたスキルを求める時代に入ってしまった


システムエンジニアの育成で割とハードルが低いテーマは方法論や開発技法などの形式知の習得やそうした技術の実践でに適用です。一方、コミュニケーションやファシリテーション、目標を達成する遣り抜くような意思などの人の性質に根ざした基礎的スキルは育成では逆にハードルが高いです。


どちらのスキル、技術スキルと基礎スキルですが、なぜそのような学習の差が出てしまうのでしょうか。


これは、学生までの経験で習得してきた経験知が大きいのです。学生の間に問われていることは、学習することで得た記憶を解答に沿って呼び出す「記憶のゲーム」に他ならないからです。このゲームでは、設問に即した解答を呼び出す記憶する力、設問に解答するためにリソースを集中する力、そして、時間内に解答するために設問を短時間で理解する速読する力が必要になります。学生の間は、この3つの力を学力として試されてきたわけです。


ところが、社会人になって求められるのはそうした3つの力の他に、その人の性質を含めた力が試されます。それも日々。


こうして振り返ってみると、社会人になってはじめてその人の性質を含めた、まるっと丸めたひとりの人物としての能力が問われるのです。そしてその人の性質については誰からも自分の性質を理解したり、そうした性質を理解するための体系的な形式知を学んではきません。


つまり、社会人になって試される人の性質に関わることは独学でしか学ぶことができないということです。広く捉えてみれば、小さなころから家庭や学校で身の振る舞い方については躾をされたり、道徳や集団行動の中で学んでいることもあったのでしょうが、それがどのような体系の中でかとなるとそういった知的な情報は全くない、と断言せざるを得ないのです。



問題なことに、仕事で指導する側のマネージャ自身も形式知の背景は同じですから、ナイナイ同士でのやり取りになってしまう。上図のように、システムエンジニアにとって技術と基礎のスキルが使われる割合は変化をします。それはアサインされるロール、役割が上位になるたびに、人との関係が多くなることと扱う仕事のテーマが技術では解決できないような類のものになるからです。言い換えれば解決する対象がモノから、ヒトに変わるためです。


devops教科書を読んでいると、今まで以上に基礎的スキルを高い位置から求めているように思えてなりません。もし、この感覚が正しいとするならばdevopsは誰でもどこの組織でも手軽に始められるような方法論ではないことになります。現在の組織文化、業務の取り組み方、プロジェクトの運営をdevopsの考えを消化した上で、自組織の中を変えていくことを明確に求められますし、関わる人は今までの慣習で身につけた観念を変えることをコミットを求められるでしょう。


感覚的なモノ言いですが、システムエンジニアに対する要求レベルが上がっているように思えてなりません。それ自体はいいのですしdevopsの考えも割と好きそうな感じですが、対象を全体のシステムエンジニアと仮定した場合、どのくらいの割合がdevopsでやっていけそうかといえば、上位20%くらいなのではないかと思うのです。適用範囲を広げようとするなら方法論を消化した上で崩しながら適用できるところを適用するやり方しかないかと。


そう思うと、devopsのようにシステムエンジニア自身の性質を問うような時代に突入してしまったんだなぁと思わざるを得ません。そして、要求レベルが高いdevopsは定着して残るだろうかと。残るんだろうけどねぇ…。