先輩と見積とシフォンケーキ

私の担当しているプロジェクトチームでメンバにさせた工数見積もりが思っていた以上の規模で頭を抱えていた。思っていた以上といっても2倍にもなったら頑張ってやってと言うようなレベルじゃない。少しぐらいなら何かのために取っておいた予備の工数で吸収すればいいかと目論んでいたが2倍は無理だ。

そう思いながらリニューアルされたフロアを横切ってソファに座ったら横にいたのが先輩だった。最近は先輩のプロジェクトに呼ばれることが少なくなった。最近話していないな、思ったのが通じたのかどうか、先輩が私に話しかけてきた。そんな私の心情を避けるように当たり障りのない話でお茶を濁そうとした。

 

「先輩、最近はまっていることなんですか」
「うーん、そうだな。スイーツ作りかな」
「え、先輩料理作れるんですか」
「スイーツ作りは料理か。まあ、料理か。製菓だからいいか」
「それでどんなスイーツ作るんですか。って言うか、食べたいですっ」
「シフォンケーキとかクリームあんみつとか。あとベルギーワッフルとか」
しふぉんけいぇきぃー…わっふるぅってどんだけ女子ですか。女子だって作らないですよ。来週はバレンタインでチョコどうしようか、どこのチョコレート専門店で奮発して買おうかって悩んでいる女子に向かってしふぉんけいぇきぃですって」
「声でがいな。面白んだよ。お菓子作りはさ。パラメータをいじってチューニングする感じ。シフォンケーキってさ。西洋菓子で計量をきちんとやらないとダメなのはみんなそうなんだけどさ」

 

なんだこの先輩は。こんな一面を持っていたなんて。ただ一緒にプロジェクトで仕事を何回かしただけじゃ仕事の面しか知ることはできないんだ。もっと一緒に仕事をして色々と教えて欲しいな。

いやいや、今はお菓子作りの話。

楽しそうに話してる。好きなんだね、ものづくり。さすがプロマネだもんね、先輩は。

PCの画面を見始めた。仕事するのかな。邪魔しちゃったかなと思って自分のPCを開いたタイミングで『まあ大丈夫か』と先輩が独り言なのか話しかけてきたのか判別のつかない大きなつぶやきをした後、私の方を向いている視線を感じる。

はっとして『ど、どうかしたんですか』と声を吃らせながらリアクションをすると『ご飯を食べに行こう』と強引に誘ってきた。一応、女性なんですよ、予定が空いているかを確かめてから誘って欲しいものです。この辺は相変わらずだ。

 

「それで」
「何がですか、先輩」
「悩んでいるんだろう」
「う…なんでわかったんですか。悩みがあるって」
「顔を見ればわかるよ。知らない子じゃないからさ」

 

意識のない罪とはこう言うものなのかもしれない。つい悩みを話し始めてしまう私がいる。

 

「見積をさせたんです。そうしたら」
「3倍になった、そうか2倍か。そうなんだろう」
「なんでわかるんですか。覗いていたんですか」
「メンバに丸投げしたんだろう、見積。だいたいそうなるよ」

 

何か法則でもあるのだろうか。それで見積をどうしたいのかと質問をされる。見積をどうしたいかって、それは半分になったらいいと思うけど、今が2倍だからそう簡単にいく話じゃないこともわかっている。わかっていますよ。だって自分がメンバだったら危なっかしくてバッファを持っておかないと。工数よりは作業日の方が大事かな。あれ、私は何を考えているだ。

運ばれてくるアラカルトの料理を目の前にして無意識にかぼちゃとクリームチーズとベリーのコロッケを口に運びながら午後のミーティングのことから彼方此方と頭の中をヘラで混ぜていた。

 

「叶わないですね、先輩には。そうなんです。メンバに見積をさせたら2倍になったんですよ。メンバによっては3倍です。それを思っていた予算に収めるのは無理で」
「よかったじゃん。2倍じゃないかとか3倍掛かるだろうってメンバは『自分の』考えを言ってくれているんだろう。いいチームになっているじゃん」
「あ、そうですか。そんなことを言われるとは思っていなかったから不意をつかれたと言うか嬉しいと言うか。え、いいチームですか。見積2倍になっちゃったんですよ」
「それは後輩ちゃんに見えている事象じゃん。メンバは後輩ちゃんから頼まれたことをちゃんとやっているじゃないか。メンバそれぞれの持っている情報を背景に」
「でも」
「メンバがさ、後輩ちゃんはどう見積もったのかとか、それでいいとか言われたらどうする。見積もれませんと言ってきたらどうする。いい加減な、適当に見積もってきたらどうする」
「え、流石にそんなことはないかと」
「長くこの業界にいるとさ、キミが思いもしない経験をすることもあるんだよ。

それよりこのストロベリーティのシフォンケーキ、美味しい。そうか、アールグレイティの茶葉を変えればいいのか分量も同じでいいだろうな。ホイップクリームもほとんど甘さがないけどシフォンケーキを甘さで邪魔しないようにしているんだな」

 

先輩のスイーツ作りはどうやら本物のようだ。ストロベリーティのシフォンケーキを作るつもりでいるのか、ブツブツとレシピめいた呪文を言い始めた。しかし、先輩の感想と同じにこのシフォンケーキは美味しい。少ししっとり目で、でもちゃんと弾力があり若干モチモチ感も備えている。ホイップクリームはよく見ると柔らかめかもしれない。甘さは控えめで甘めのシフォンケーキによく合う。

美味しい。

いや、このシフォンケーキを食べて再現しようとしている先輩もおかしい。

 

「ところでさ、どうして3倍なのか、2倍なのか聞いてみたかい」
「いえ、まだです。」
「じゃあ、聞いてごらん。勉強になるから」
「それはそうかもしれませんが」
「多分、後輩ちゃんが思っている勉強とは違うかな。立場で見積もるときの粒度と範囲が違うことを勉強できるんだよ」
「立場でとは」
「メンバは後輩ちゃんのお願いを健気に、でも実現可能とするための工数見積をしてくれてるんだよ。後輩ちゃんの依頼から考えられることを見えている範囲で。現時点で見えていないところは経験知上から紐付けて補って。仕様を実現する方法はいくらでもあるけど、そのプロジェクトに組み合わせて実現できる方法を選んでいる筈だと思うけどさ。後輩ちゃんは、メンバがどう実現しようとしているかを聞かなくちゃいけない」

 

先輩はフォークで切り分けながら、シフォンケーキを焼くための素材やその配分(リソース)、手順(工程)や作るときの条件で出来上がりに違いが出ることを懇々と語り始めた。

相当、シフォンケーキ作りにはまっているようだ。

わかったことは、シフォンケーキ作りも私のプロジェクトの見積もその組み和合わせでやってみないとどんな仕上がりになるかは熟練するまでは確信が持てないと言う共通項があると言うことだ。

シフォンケーキをしっとりとさせるのは油(多分、エクストラバージンのオリーブオイルだろうと言っていた)の分量で変わるらしい。それを何dlにするかは作り手の好みだが、その好みを実現するためにもどのような分量をどうのような組み合わせでチューニングしていくかそこを明確に計量して記録しておかないと見積もりにならないのだと。

 

 

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