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もし、自分の子どもが『大学を中退して起業する!』と言ってきたら


話題になっているよね。これ。

4ヶ月で大学を中退し起業します。レールに沿ったつまらない人生はもう嫌だ。 - いしだの話


卒業まで待ったほうがいいとか、そんな当たり前なことを周りが言っても、もう聞く耳を持たないだろうし関わりがないからそういったことを書くつもりはないのですが。


もし、自分の子どもが同じような選択をしようとしたら
説得なんてしません。ワタシ自身も若かったときも一度決めてしまったらそうそう路線変更しなかったし。それは、その年齢で手に入れている情報だけを信じて判断してしまっているからなんですよ。そんな状況で正論を言っても聞く耳を持たないし、感情的になってもすれ違うだけすれ違って本質を議論できないのだから、時間をかけるだけ無駄です。


仕事の仕方を学習する仕組みを誰が用意するか
ワタシなんてまだこの歳になって勉強をちびちびと続けないと生きていけないくらい世の中を生きていくことは簡単じゃないと思うのです。個体の優劣は棚に上げて、経験知や形式知の習得量で言えば、ある時点までは子どもに負けるわけないし、負けるわけにはいかない。


大学生になりたての学生なんてまだ高校生の延長のようなものです。社会で生きていくための武器なんて、体力と旺盛な経験知や形式知を吸収できる器だけしかないのです。そのような子どもを世の中に放りだすのは親として不安でたまらない。高校を卒業して就職するなら話は別で、それは会社がその会社に必要となる仕事の仕方を教え込むから。


大学生からいきなり起業するということは、自分を育てる仕組みが自分自身で用意しないといけないわけです。それをどうするか。


同じ価値観で評価する
世の中を生きていくための術というか、起業したら事業主として全責任を負って社会の中で関係性を持って生き抜かなくてはいけないわけで、そのための片鱗を味わってもらわなければならないのです。


これは言い換えるとどこまで起業に対して真剣に、四十六時間考えているかを問うことと同じです。


親として、もしワタシの子どもが同じように起業したいというなら、応援する方に回りたい。応援にあたっては無責任に応援するのではなく、投資対象として関わりたい。投資というと子どもの起業を金儲けと見るのかと思うかもしれないけれど、世の中での価値観は結局、お金で表現することが一番の共通言語であり、指標値なのです。


あとワタシ自身の勉強にもなるし。


親が持っている武器を与える
ではどんなやり方で応援するかといえば、親として持っている武器になるかならないかは本人の使い方次第だけれど、持っている形式知や経験知を渡すことが武器を与えることになると思うのです。


だから、ワタシなら事業計画を書かせます。起業したいと思う子どもが何を考えているのかを事業計画に書かせ、事業としての価値を判断するのです。そしてそれに価値を見出すことができるなら、その分だけ投資をする。


具体的には、ビジネスモデルキャンバスで書いてもらう。文章や右肩あたりの成長グラフなんて意味はない。その事業計画をどれだけ広い視野で見ているか、実現性がどれだけあるか、ビジネスとしてのシーズかを見極めたい。


逆に言えば、ビジネスモデルキャンバスの枡を埋められないなら事業なんて続かない。枡を埋めることで判断するわけじゃなくて、中に書くだろうひとつ一つを拾い上げ、関連させ、生き残れるかをワタシの目線でみたい。


もちろん、キャッシュフローも必要な観点だ。起業するということは、事業をすることでお金の循環が必要になるからだ。起業するということは、すべてを自分で整え、判断し、行動を繰り返す必要がある。そういったことも程度あるにせよ、理解しているかを知りたい。


投資家としての意味
投資家として関わる意味は、事業に関しては甘えさせないということの宣言でもある。世の中に出れば当たり前のことだけれど。それを学生のうちから学べるならそれは良いことではないかと思う。


ビジネスモデルキャンバスの枡を埋めようとするとき、ある程度の知識や経験が必要になる。勉強しなければわからないことも多い。それを自分で少しでもかかわることで、実は起業よりもっとやってみたいことを見つけられるかもしれないし、起業しようとしていることがフィットしているかを知ることができると思う。


あと、親として武器を持たずに世の中に出て行かせるようなことはしたくない。でも、甘えさせるほどでもない。なら、起業は学生の身分の間に勉強をさせ、残りの期間で先々の選択肢を手放さないままに進ませたい。ひとつのリスクコントロールなんですよ。


親バカではあるけれど。