リーダは、サーバントたるものか

サーバントといえば
サーバントといえば、ライダーとかセイバーとか最初に口に出てくるのはお約束として、マネージャやエンジニアのリーダは、その組織やチームのパフォーマンスを最大限引き出そうとすると、サーバントリーダとして振舞うことになる。マネージャなら中期計画を気にしながら、単年度の計画を立て、実行するミッションを持っている。リーダなら、プロジェクトチームを導くためにプロジェクト計画に基づき、チームを引っ張る。どちらもリーダとして、チームに最大限のパフォーマンスを発揮して欲しいから、チームがパフォーマンスを発揮できるための環境づくりに重点をおくことになる。何もしなければ、それなりにしか成果は出ないことは経験的に知っている。だから、成果が出る環境を少しでも作るための奔走する。一見おかしいような気がしないでもない。トップダウンで職責が決まっているような組織なら尚更だ。指示をすればよいし、実際指示はするだろうが、指示にとどまらず、あたかも召使いのように自ら振る舞う。


なぜそういう思考になるのか
チームとしてのパフォーマンスがでるようにマネージャやリーダが考えていることは、チームが自律して活動するようになって欲しいということだ。それは、一人ひとりが自律する必要があるし、チームとして一つにまとまったときも同じように自律した組織としてパフォームして欲しいのだ。だが、マネージャやリーダが何もせず、自然と自律してチームの活動をするなんてありえない。マネージャやリーダがチームの目標を示しても、チーム一人ひとりは、それぞれの頭で解釈と思考を踏んで行動することに拠るからだ。マネージャやリーダは、ミッション上それを放置できないから、チームを持ち上げてみたり、下げてみたり試行錯誤する。結局、チームと言いながら一人ひとりのタレントや願い、叶えたいキャリアパスがバラバラなので、個別の希望を組織の最大公約数で如何に実現すること考え、チームとしてのモチベーションの向上を図らざる得ない。


王道としてのサーバント
アジャイルな開発、例えばスクラムの特徴は、メンバ一人ひとりが自律して、自己組織的にチームに貢献することを求める。スクラムのロールの一つ、スクラムマスターは、プロダクトオーナーとチームのフォーカルポイントとして位置づけられ、チームが最大限のパフォーマンスを出すように体外的にも内部的にも振舞う。チームは、プロダクトオーナーとの折衝をすべてスクラムマスターに一任するから、スクラムマスターとチームの信頼関係が成り立っていなければプロジェクトは成立しない。必然と、チームのメンバ一人ひとりがカバーできるようなフォーメーションを組むし、暗黙や明示的な情報や作業の連携に気を配ることになる。マネージャが組織を運営する場合でも同じように、組織の目標を達成するために組織の内部の組織間でのインタフェースの役割としての役割を考えればリーダと同じようにインタフェースとして振舞う。いずれにしても、一人ひとりのタレントや価値感、チームが達成する目標の共有と動機付けをモチベーションなどを考慮して、能動的な行動力を引き出すためにも、マネージャやリーダは、自ら率先してサーバントとなり、インタフェースのクッションやチームを守るための交渉、一人ひとりのメンバの緩衝材としてヌルヌルと潤滑剤として立ち回ることがミッションを最小のコストで達成する王道であるということを知っているからに他ならない。






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読んでる。まさか滝(計画駆動型プロセス)まで復習できるとは。対比で概念が復習できるだけでも良書。

アジャイルと規律 ?ソフトウエア開発を成功させる2つの鍵のバランス?

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