エンジニアが手に入れたいものは、自分自身の成長ではないのか

組織の中でワークショップのイベントや“しゃなべん”(=社内勉強会)をやってみて、組織の人の属性なのか、受身で参加する人がやっぱり多いです。それぞれのイベントの中の人の立場なので、バイアスが自然と掛かって物事を見ているのかもしれません。
#まぁ、こうやって違う視点で、と認識しているだけ中立に近いとは思っていますが。


関心を持つのはツールばかり
例えば、ワークショップやイベントを終えた後にアンケートを取ると「成功事例が欲しい。」だとか、「もっと具体的なやり方を教えて欲しい。」とかかれることが少なくないです。

ワークショップ然り、イベントでの聴講然り。
自分で参加をしようとしたら、

“そのコンテンツから何らかキーワードをキッカケに、自分の頭で考え、行動に繋げる”


ことを意識するものだと思っていました。どうやら、そうでもない人の方が少なくないようで、ちょっと考え込んでしまうのです。
それは、

“すべての出来事は些細なことで、でもまれに困難なことが織り込まれるけれど、自分が成長をしていくための機会である”


のだから、と思っているからです。
もっと具体的に、成功事例を、と要求する人の気持ちは分からなくもないですが、それは、問題解決の手段を他所から持ってきて、一時凌ぎで乗り越え、新しい問題に出くわしたら、また、新しい解決手段を取り込むだけなのではないか、ということに「それでいいのかなー」と思うのです。


一つの技術領域を担当し続けることと専門家になるのは違う
問題が起きたら必要な技術を取り入れて解決に当たる。これは一見正しいように思えるけれど、違和感を隠せないのですよ。何を違和感と感じるか、と言うと、“その場凌ぎの問題解決方法であるところ”、です。
一つの技術領域を担当し続けることは、あるエリアにおいてそれなりの技術力を保持することになるわけですが、それだけでしかないと言う裏返しでもあるのです。それは、その技術領域のある程度、中堅くらいのポジションになれてもそれ以上にはなれない。

なぜなら、行く先を馳せながら専門家として必要なスキルを自分の解釈を織り交ぜて体系立て、必要な技術を道具として取り入れるというように考えていないからです。

担当なのでその領域は、隣の領域の人から見たらスペシャルなエンジニアかもしれませんが、そこまでですね、で終わってしまうのです。


エンジニアとしていかに自己を伸長させるか
エンジニアとして日々の業務に従事してれば、様々なことが現場で起き、それを対処することを求められますし、その期待にこたえたいと思うものです。そして、実際に、試行錯誤しながら応じます。けれども、体系たたない経験の積み上げは、その場で必要な技術を安易に取り込むことで効率良く取り入れられるので自分の力があたかも伸びたように感じます。
しかし、実際には、現場で求められていることと同じようにこれから必要な技術を体系立てて考えたうえで、常に技術力を上げることを意識しながら経験を積むことの方が、より専門家としての対応力を伸ばすことができるのです。

その観点から考えても、ツールに目を向けるのではなく、専門家として必要な技術力を自ら計り、その成長の正に道具がそのツールだった、というように自身を涵養させるエンジンが何であるかを考えたほうがよいのだと思います。