ミーティングの時間を無駄にしないために言葉を書いて共有しよう
プロジェクトでもそうでない場合でもミーティングをしたいときには何等かしか目的があるもので、単なる通達や周知だったりテーマに沿った議論をして結論を導いたり、何かアイデアを得るためにフリーディスカッションをしたり、そういった目的に応じたミーティングの形式があったりします。
色々あるミーティングで多分一番と思うのがテーマに沿った議論をして結論を導くもの。プロジェクトならdeliverableを作り上げるために要件、仕様と導き出してソフトウェアを捻り出さなければならないので、何らかを決めるための調整と意思判断に時間を費やすんですね。
ミーティングなんてそのミーティングの主催者がしっかりと準備していれば、どんなに荒れようとミーティングのタイムボックス、つまり、予定された開催時間の中で終わらせるでしょうが、どうにも行き当たりばっりというかファシリテーションもできないエンジニアが少なくなくて、そういったミーティングに召喚されると忍耐力が試されている気がしてならなくて、ついついファイティングポーズを取りたくなってしまうんだけどしょうがないよね。
ミーティングの目的がブレストであっても
大体において、ファシリテーション能力のないエンジニアがミーティングを開くとき、資料も何も用意もないからミーティングの行き先も何も知らされないでミーティングが始まってしまうことが多くて嫌になってしまう。「資料はないの。」と訊けば「時間がなくて〜。」と悪気もなく応えるので「(また無駄な時間を費やすのか...)」とスイッチが“パチンッ”と入ってしまうこともある。
ミーティングの目的がブレストなら、それでもいんです。ただ、ブレストだったとしてもブレスとした結果で何かしたいんだろうから、ブレストをする目的に見合った結果を導き出せるように何等か、なぜブレストを開いたのかくらいの背景がわかるものを用意して欲しいんですよ。ブレストするくらいだから、そこに至ったまでの何等かの資料が1枚や2枚あるでしょうから。それを見せてくれればいいんですよ。それように作らなくてもあるもので。
兎に角、ミーティングをするならミーティングの栞は必要です。なければ、時間一杯いっぱいまで使っても結論も期待する議論も得られないことだけは知っておいてほしいものです。
ミーティングで期待する結果を得たいなら
ミーティングの場で主宰者にファシリテーション力が必要なのは、その場の目的に沿った結果を導くための有意義な意見を交えさせる交通整理の役割が大きいです。主催者にファシリテーション力がないと、参加者が無秩序に話し始めて最悪なのは話している途中を遮って他の参加者が話し始めてしまうもの。そういったケースを防止するためにもファシリテーション力が必要だし、話の向きを期待する方向に常に顔を向けさせなくてはならないんです。
話しの方向性を導くのもあるんですが、なぜか、ファシリテーション力がない主宰者のミーティングは言葉の空中戦が始まることが多いのです。その言葉も共通のディクショナリを参加者夫々で共有しているわけではないから一向に話が噛み合わない。酷い時のミーティングだと、言葉合わせだけで予定時間の半分を使ってしまう。「もーそんなんじゃ出ない方が良かった!」ってことになってしまうんですよ。だから、言葉を合わせるためにもなぜこの話をするのか背景があればその背景が言葉の意味に制約を掛けてコンテキストを拡散しないようにしてくれるんです。
で、空中戦をし始めてもファシリテーション力がないからそれを「どうにかしなきゃ」っていうことを微塵も思いもしないんですねぇ。ワタシにとってはとっても不思議ちゃんでしかないです。ブレストでも目的があるミーティングでも、ましてや個客との仕様決めなら絶対に言葉で空中戦をしてはいけない。絶対。誤解と言葉の誤謬の元です。
言葉より先に書かせよ
ホワイトボードがあるでしょ。ホワイトボードが。なぜ、いま空中戦をしていることを書かないのだろうか。いや、ファシリテータである主宰者がひと言、言えばいいのに。「発言する前に書け」って。
“発言する前に言語化する”ことは、実はとても効用があるんです。人は言葉で話すとき、整理しきれていなくて思いつくイマジネーションを直接言語化してしまうので何言っているかわからないことが少なくないんです。それを「まとめてから言え」というと黙ってしまってそもそも「ミーティングする意味ないんじゃね。」となってしまうところを、“ホワイトボードに書いてから”とか、もっと手軽に“ポストイットに書いてから”と言葉を具体的に表現させると発言しようとしていることを自分自身で理解しようと頑張るんです。不思議と。
自分の表現を自分の使える言葉の表現で具体的に書くことで、他の発言者の言葉を意識し始めると「ワタシの発言の意図はコレコレですがあなたのそれは同じなの。」的に共通理解をし始めようとするんですねぇ。そうすると空中戦がパタリとお終いになる。これも不思議なことです。
自分の表現を言葉で具現化して共有することが言い放したままにしておけなくなるところに発言の責任を物理を伴った抑止力として聞かせることが出来ているのかもしれません。
あともう一つ良いことがあって。それは、そのホワイトボードでもポストイットでもいいんですけど、そのままパチってスマホのカメラでHDで撮ってメールで共有したら、メモを起こさなくてもいいんですね。ブレストのようなアイデア出しの議論の再利用のないときに有効です。