正しい人と話す


例えば、会議で判断を求められたとき、それが自分が判断できれば何も問題はないのですが、分掌が違うとか、経験したことがないとか様々な理由で「判断に迷う」ことがあります。ワタシもそこそこのオジサンですがオジサンで仕事によってそんな場面に合うことは珍しくもないです。


そんなときは、その事象のミッションを持っている人に相談するという判断までしかしなかったり、その場に来てもらって教えて貰うようにしています。そんなの「当たり前じゃないの。」って思うかもしれないけど、割と人って自分の持っている情報だけで頑張って決めてしまおうとしたりするものです。


そうした自分の持っている情報だけで判断して、その結果が間違っていてリカバリをすることを時間とリソースまで含めて背負えるならいいのですが、事象やその判断をするときの職責の範囲でそうも言えないこともあるし、間違った時のリカバリの余裕がないときもあるわけです。最近は時間のサイクルを如何に早くするかを求められている風潮もあって、間違いをして「まちがっちゃった。てへぺろ!」なんて言っていられない状況だとそれはそれでキビシイなぁ、と。


だから、そうした自分の所掌でない事柄や自分の知識で正しい判断できないと認識した時点でその事象を取り扱うにふさわしい人を召喚することが増えたんですねぇ。


単純に素人判断をしない、ってだけですけど。


でも、玄人なら判断していいのかっていえば一概に言えないなぁ、と。


以前より、正しい人と話さないといけないことが多くなりました。


でも、そうした状況下でも全部を正しい人に丸投げするのではなくて、ワタシなりに情報を整理してワタシならこう判断するだけれど、と腹案を持っておくのは大事なことかと。その腹案を言うのはその事案について相談する正しい人次第ですが。