エンジニアに必要な文章作法の教科書
目的を持って始めるとき、例えば、ウォーターフォール型のシステム開発手法でプロジェクトを上手く回せないプロジェクトマネージャを助けるためにアジャイル開発の様々なツールで立て直しをできないかとアジャイル開発とはとか、スクラムとか、カンバンを使ったプロジェクトファシリテーションの情報収集をしたかったときは、アジャイルサムライ−達人開発者への道−を読んだり、slideshareでスライドを漁ったり、アジャイルコミュニティに参加したりする。
一方、(もしかしたら学校で習っていたかもしれない)ものを書いたり、仕事を介して体験した仕様書や設計書を書いたり、元となる文書構造を考えたりすることは、経験から自分なりの経験知として積み重ねている。こうした知は、いわゆる自己流であるから過不足は避けられないし、あるとするのが当然である。
そうした抜け漏れを補正するためにも書籍となった形式知を適宜取り込むことは、自身の能力を補強する必要なアクティビティであるが、なされないことの方が多い。執務室で経験ベースでドヤ顔しているおじさんたちは、古い知識のままなことが多い。
人によっては基礎の『キ』の字のレベルかもしれないこともそれをする人にとっては意味があることもある。基礎を知っている、基礎知識を持っているということは、プロトコルを話せるということであり、知っているもの同士ではそこベースからコミュニケーションを取れるのでコストを下げる効果を持つ。
エンジニアの仕事は、文書を書き、コードを書くことである。そうであるなら、文章を書くお作法を知っていた方が知っている以前より仕事が楽になる。
もうすぐ刊行されてから6年になる本を読んでよかった点を述べる。
- 読者の意欲
- 経験的に知っていたことを裏付けられた
- メタ情報
読者の意欲は、自分自身で捉えるとわかりやすい。読もうと手配したり、新刊として買ってきた本は積み本として手をつけない方が多い。
読む本は読まなければならない理由がある。その上、読み終わるかどうかは読み手の意欲次第であるし、読まなければならないのにページが進まないのは、読み手が読みたいと思うより本を持ちページをめくる方が面倒臭いと思うからである。
さらに、本を手に取りページを開いても気がつくと寝てしまう。そうした幾つかのハードルを乗り越えなければ奥付まで到達しない。
あと、義務感で読んでいると読み手自身によりハスに構えて読んだり、いちいちつっかかりたくなる。自分が知っていることと違う、意味を取り違えているのではないか、などがそれである。
その点で言えば、このブログはそこそこの読者がいるようで(お知らせで読者が増えたと通知がある)、好き勝手に書いていることを読んでくれている方々は変わった読書癖だと思うのだが自覚はお持ちだろうか(どうでも良いことだ)。
経験的に知っていたことを裏付けられたは、そのままで、アラビア数字と漢数字の使い方、事実と意見を意識する(分ける)、章、節、…の役割などいくつもある。
自分の体験から内面の知として持つ経験知と形式知が同じであると確かめることは割と大事なことである。なぜなら根拠を示せるからである。
実はメタ情報というよりメタという概念の消化は不良だった。なんとなくわかっているつもりだが説明せよと言われると今ひとつわかりやすく説明できないレベルであった。
それは自分の地頭の不出来が原因であるが、もしかしたらこれまでごく稀に調べたときにリファーした説明では自分の能力で理解するには難しかった(大人の表現)のかもしれない。
いずれにしろ、理解できたのでこの本はそれだけで価格の価値を持つ。